第68話

 園川は愛野とともに警視総監室の黒革張りのソファに座っていた。


 目の前には警視総監の勝山が座っていた。


 岸中の発砲事件のあと、警察がきて、話を聞かれることになったのだ。しばらく別々の部屋で現場での状況を聞かれたが、すぐに解放されて、警視総監室に呼ばれた。


 園川たちの証言内容と監視カメラの記録から、岸中が唐突に発砲したことが明白だとして、勝山に報告されたのだろう。


 勝山は頭を下げた。


「申しわけありません。まさか岸中が、そんなことを」


 園川は言った。


「僕もおどろいています。いったい、なにがあったんでしょう。なにを考えているのか……」


 また、懐の中にある、未由が父親から引き継いだマイクロメモリーのことも黙っていた。まずは自分たちで確認したかった。




 警視庁を出るころには、西の空が赤らみはじめていた。西日に髪をオレンジ色に染めた未由は、遠くの空を眺めていた。


 未由の祖母が迎えにくることになっていた。愛野はふと未由に近づいて、


「ほんまに、いろいろやったね、きょうは」


 未由はしばらく無言だったが、やがてうなずいた。


「はい。ほんとうに」

「まさか、あの岸中はんが……」

「はい。わたしも、信じられなくて」

「ほんまに、すまんな。なんもできへんくて」

「いえ」


 そこでこんどは園川が言った。


「未由ちゃん」


 すると、未由は顔を向けてきた。


「戸澤研悟さん――きみのお父さんは、きっと、輪神教会の人たちを救いたいと思っているはずだ。それに、放っておけば、もっと多くの人に被害がおよぶだろう。だからこそ、きみにその手立てを託したんだと思う」


 未由は鋭い目つきのまま、だまっている。


「僕は、できることをする。命をかけて止める。それだけが、僕にできることだから」




 しばらく沈黙していた未由は、ふと顔を上げて言った。


「あの、大主教の人。篠原玲奈さんは、大切な人ですか?」

「え? ああ。……そうだね。そうだよ」

「はじめは、わたしは、パパをうばったやつらの中の、ひとりだと思っていました。でも、どこか、似ている気がして」

「似ている?」

「……ええ。ずっとまえ、深田紗季さんって人がいて」


 園川はその名前に聞き覚えがあった。玲奈から聞いた気がする。


「わたしは、パパと一緒にたまに教団の集まりに行くことがありました。そこに、たまに紗季さんもいました。お姉ちゃん、お姉ちゃん、って、つきまとって、相手をしてもらって。とても、好きだった。いいにおいがして、髪が長くてふわっとしていて。……でも、いなくなりました」

「いなくなった?」

「ええ。大切な人は、急にいなくなるんですね」




 そのとき、近くにタクシーがきた。そのタクシーからひとりの年配の女性が降りてきて、頭を下げた。


 未由が去るとき、ふいに悲しそうな目をした。


 園川がスマートフォンの時間を見ると、17時前になっていた。あと8時間で5月4日の午前1時。例のタイムリミットがくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る