第60話

 その信者の男は工場で目を醒ました。


 周囲には輪神教会の仲間が倒れているのが見えた。


 男は重たい体を起こし、頭の中で状況を整理する。


 ――そうだ。


 工場の地下でヘヴン・クラウドにダイブしている黒部を守っていた。


 そこに棒を使う女が現れ、その女から攻撃を受けて気を失っていた。


 これほど恥ずべきことがあるだろうか。


 そんな風に考えていると、周りの男たちがひとり、ふたりと起き上がりはじめた。


 男は黒部のことが気になり、落ちていた鉄パイプをつかんで地下へと向かった。





 階段を降りると、黒部がリクライニングチェアに横たわっているのが見えた。


 となりにいる女は、黒部に詰め寄ってなにかを言っている。


 また、その横には中年の男もいた。


 信者の男は女の背後に近づくと、女の頭部に鉄パイプを振りおろす。


 女はそれを察知したのか、おどろくべき反射神経で振り向いて避けようとしたが、鉄パイプは女の側頭部にあたった。


 女は短い叫び声をあげて倒れこむ。


 そこでとなりの中年の男が、


「なにをする!」


 こんどはその中年の男の腹を鉄パイプで殴りつける。


 中年の男は腹を手でおさえ、うめき声をあげ、恨めしい目をしてうずくまる。


 信者の男が黒部を見ると、いまだに呆然としていた。


「大丈夫ですか? 黒部様」


 と声をかけると、


「ダメだ。クリスタルが……。クリスタルが壊される……。私のすべてが。クリスタルが」

「しっかりしてください、黒部様」

「玲奈様。私の玲奈様。どこだ……。どこだ」

「逃げましょう!」

「うるさい、さわるな!」

「いいから、早く!」


 そうして黒部の肩を抱えて起こすと、背後からちょうど2人の仲間がやってきた。


 3人で黒部をささえ、引っ張って、階段をあがってゆく。


「やめろー! はなせー!」


 黒部はわめきちらすが、気にせず進む。


 すると、起きあがった別の2人の仲間たちもいた。


 そのとき、工場へ警官隊が突入してきた。


「おとなしくしろーッ! 警察だ!」


 そこで信者の男は黒部をささえながら言った。


「黒部様は錯乱しておられるが、なんとか逃がすぞ!」


 そんなときでも、黒部はうわ言を口走ったり、笑い声をあげたりしていた。

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