第59話

 園川は実家のソファに座っていた。


 大きな掃き出し窓からは陽射しが注いで、リビングを明るく照らしている。


 正面には父親がソファに座っていた。


 そのとき母親がお盆を持ってくると、園川と父親の間にあるローテーブルに、4つの湯呑みを置いた。


 湯呑みには緑茶が入っていた。


 緑茶を栽培している親戚から、よくもらうのだ。


「遠慮しんと、くつろいだらいいでねェ」


 と父親が言った。前髪が後退した額をなでながら、上機嫌そうだった。


 母親はお盆を台所に戻してくると、こんどは箱菓子を持ってきた。


「もらいものだけど、よかったら食べてね」


 そう言って母親は父親のとなりに座ると、園川のとなりの人物に笑いかけた。


 父親は満面の笑みで、


「そんだけど、この祐貴が、東京でこんなキレイな女性を連れてくるなんて、奇跡的だに」


 園川のとなりに座る玲奈は、肩をゆすって笑った。


 それを見た父親は、


「やっと笑ってくれたに。のう母さん」


 母親は申しわけなさそうに、


「ごめんね、お父さんが、こんな人で。玲奈さんが、あんまりべっぴんさんだで、きっと緊張してるだで、ゆるしてあげてね」


 そこで園川は言った。


「もう、玲奈先輩が困ってるだろ。とにかくさ、きょうは結婚式のこととか、今後のことを話したいからさ」


 父親はあきれたように、


「そういうことは、ゆっくりお茶ァ飲んで、雑談して、話していきゃいいに。昔からせっかちだでな、祐貴は」


 すると母親は、


「いやー。お父さんは、のんびりしすぎだに。昨日だって、ふたりがくるの、忘れてたらァ」


 そう言って笑いながら、父親の肩をやわらかく引っぱたいた。


 父親は大口を開けて笑った。


 園川もつられて苦笑した。


 園川は『ずっとこうしていられたらよいのに』と思った。


 すべてが満ち足りており、希望にあふれている。




 ――いや、そうだろうか。


 そのとき、園川はふいに違和感を覚えた。


 すっと心が冷めていった。


 父親は、園川が高校1年生のときに自殺したはずだ。


 自宅だって、借金返済のために売ってしまった。


 すべてがありえない。


 ありえない未来。


 ありえない希望。




 園川は言った。


「やめろ。こんなことは」


 父親はきょとんとして、


「ど、どうしただ? 急に……」


 園川はなおもローテーブルを殴りつけた。


「やめてくれ。いますぐ」

「ちょっとなに? 落ち着いて、園川くん」


 と、となりの玲奈が言う。


 園川は立ち上がると、


「頼む。やめてくれーッ! こんなことはやめろ!」





 気がつくと園川は白い神殿の内部にいた。


 目の前には銀色の巨大な『顔』が浮かんでいた。また、『顔』の方からうねるような低い声が響いてきた。


「もういいのか。ブルーエッジ」


 園川は答えた。


「神を騙るAIか」

「私は、エスツーと呼ばれていた。その方が呼びやすければ」

「悪趣味だな、エスツー」

「そうだろうか。人はいつも、幸福な夢を見ていたいはずだ。事実、おまえは幸福そうだった」

「幸福、か。そうかもな」

「望むなら、なんどでも観せる。だから、私を受け入れるんだ」


 園川は電磁ナイフを抜くと「幸福は過去にはない」そう言ってエスツーに向かって駆け出すと、その直前で跳び、大きな顔を駆け上がった。


「なにをする貴様ーッ!」

「神様ごっこは終わりだッ!」


 園川はエスツーの額に電磁ナイフを突き立てる。


 エスツーの低くおぞましい叫び声が響きわたる。


 すると、白い世界が赤黒くよどみはじめ、最後に真っ暗になった。




   *   *




 園川はマスタークリスタルの前に立っていた。


 玲奈の心配そうな声がした。


「園川くん。戻ったの? ずっと、立ったまま気を失ったみたいに……。なんども呼びかけたの。まさか、神に引っ張られたの?」

「そうです。エスツーと言うらしいのですが。……あいつに引きこまれたみたいです」


 そこで園川は、右手に電磁ナイフを握っていることに気づいた。


「さっき、園川くん、呆然としたままだったの……。戦っていたの?」

「まあ、そんなところです」


 園川は再び顔をあげ、玲奈の顔を、それからマスタークリスタルを見た。


「終わらせましょう。いま」


 園川は電磁ナイフを眼前にかざし、柄にあるレバーを左手で引いて、オーバードライブモードに切り替えた。


 電磁ナイフの刀身が伸び、赤くなる。赤い火花が稲妻のように刀身を覆いはじめた。バチバチと激しくスパークしている。


 振動のせいで、ともすれば手から飛び出てしまいそうだ。


 園川は電磁ナイフを腰に構え、左手で柄をささえ、マスタークリスタルへと突きだした。




 ギキイイイイイイィィィーン……




 甲高い、すさまじい音が世界を埋めつくす。


 マスタークリスタルから飛び出る青い火花と、電磁ナイフの赤い火花が混じり合い、顔や体にぶつかってくる。


 園川は目を細め、さらに力をこめて体重をかける。


 腹の底から雄叫びをあげ、ひたすら押しこむ。


 刃の青い光が弱くなりはじめる。


 エネルギーが尽きかけているのだ。


 それでも園川はクリスタルを突き破るように、電磁ナイフを押した。


「砕けろォー!!」


 電磁ナイフはどんどん光を失ってゆく。


 園川はクリスタルに頭を押しつけ、なおも全力で刃をえぐりこむ。


 その先の未来になにが待っているのかわからない。


 しかし、園川は目の前の闇を押し破ろうとするかのように、前へ向かっていった。





 ――そのとき。


 マスタークリスタルは突如として、爆発するかのように砕けた。


 大量のガラスがいっせいに砕けるような音。


 地下教会の壁や床が共振し、地響きのごとくうなる音。


 青と赤と白が混じりあった甚大な光の世界。


 それと同時に爆風が園川の体を包み、吹き飛ばされる。


 アバターの損傷率が一瞬で100%に達した。


 玲奈の悲鳴。


 園川はその崩壊のエネルギーの奔流へ身を委ねた。

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