第57話

 玲奈は葉仲とともに階段をくだり、地下の広間にいたった。


 そこは広大な石造りの広間になっており、中央には巨大なマスタークリスタルがそびえていた。


 マスタークリスタルの手前には白い法衣を着た黒部の背中が見えた。


 すると黒部はゆっくりと振り返り、


「玲奈様。お待ちしておりました」


 と、うやうやしく頭をさげた。


 玲奈は言った。


「紳士ぶるのはやめて」

「ごらんください、このすばらしいクリスタルを」


 黒部は背後のマスタークリスタルに向けて右手をかかげた。


「これこそ、私の最高傑作です。クリスタルを産み出す、始祖たるクリスタルなのです」

「あなたはいったい、どれほど人を殺したの? そのクリスタルと、AIによる洗脳で。それに、わたしの父さえも……」

「なんのことかわかりませんが、代表の悲運を見るに、神の意志にそぐわなかったのでしょうな」

「よく言うわね」

「輪の神。代表はそうおっしゃっていました。神は理外の存在であり、奇跡を偶像に求めるなと。しかし、その思想がなんの役にたちますか? 迷える人々に奇跡と喜びを与えてこその、思想です」

「役にたつとか、役にたたないとかで語れるものではない。それに、あなたは集った人々を殺している。輪神教会をたんなる邪教に貶めた」

「教団をより広めるための資金源として、必要最低限の犠牲です。彼らは天国に迎えられるでしょう」

「天国ですって? 都合のいいときだけ、いいかげんな宗教観を語らないで! 輪神教会は、常に輪の神のみを信じる。それは未知への畏れと、敬意であり、私利私欲のためではない」

「そんなことだから、人々に侮られ、迫害され、組織が広がらなかった。だからこそ、私が改革をしているのです」

「広げるべきは思想であり、組織ではない。組織の力学が思想を腐らせることもある。まさにいまのように」

「玲奈様。わたくしとともに、世界に輪神教会を広めましょう。クリスタルを掲げて」

「だまりなさい。もういい」


 玲奈は右手を前に突きだすと、指輪に意識を向け、青い刃の刀を生成した。


「語ることはもうない。ヘヴン・クラウドを去れ。ここにおまえの居場所はない」


 玲奈は刀を脇に構えて、黒部に向かって走りだす。


「私の愛を知ってください、玲奈様!」


 そう言うと、黒部は法衣のひだから拳銃を取りだして、銃口を向けてきた。


「おまえが愛を語るなーッ!」


 玲奈は突っこんでいく。


 2発の鋭い銃撃音。


 玲奈は右脚をもぎとられたような衝撃を受け、床に転がった。どうやら右脛を撃ち抜かれたようだ。


 撃たれた箇所から下が赤黒くなり、ぴくりとも動かなくなった。黒部は銃を構えて近づいてくる。


 そこへ葉仲が立ちはだかった。


「おやめください! 黒部様。あなたは、どこへいこうとしているんですか? どんどん暗闇に堕ちてゆくではありませんか!」

「だまりなさい、葉仲さん。あなたにはわからない」

「いいえ! もう、耐えられません。もう、やめましょう……」


 すると、銃撃音が響きわたった。


 葉仲はうしろに吹き飛ばされた。


「葉仲さん!」


 と玲奈は呼びかけた。


 葉仲は撃たれた胸をおさえながら、


「玲奈様。こんなことになって、申しわけありません」


 すると、葉仲の体が黒ずんでいった。


「馬鹿な女です。いまさらになってなにを言うかと思えば」


 そこで黒部はマスタークリスタルを振り仰いだ。


「さて、このマスタークリスタルは、隠し場所を移さねばならないようですね。ここがバレてしまっては」


 すると黒部はマスタークリスタルに向かって、


「いまからマスタークリスタルを転送する。転送シーケンスを起動しろ」


 マスタークリスタルから機械的な音声が返ってきた。


「かしこまりました。転送シーケンスを起動します。転送先はどちらでしょうか」

「転送先は……」


 そこで玲奈は右脚をかばいながら上体を起こした。


「そうはさせない!」


 玲奈はそう言って刀を杖替わりにして立ちあがった。


 そして再びよろめきながら斬りかかってゆく。


 黒部は振り向きざま、銃口を向けてきた。


「残念です。いちど強制離脱しなさいませ」


 銃口が火を吹いた。


 玲奈はかわそうとしたが、右腕を撃たれて後ろに倒れこんだ。


 玲奈の刀は宙に飛んでいき、虚空に消えた。


 黒部はそのまま近づいてくる。


 玲奈は床に伏せったまま、動けなかった。


「しばしおわかれです、玲奈様。あなたに、輪の神の導きを」


 その声とともに、玲奈は後頭部に銃口を押し付けられるのを感じた。


 視界に真っ赤な警告表示が連なる。


『損傷率67% ダメージ甚大です。心拍数が上昇しています』


 玲奈は目を強くつむって、全身を硬直させた。


 そうして、心の中でだれにともなく問う。





 どうしてこうなるの?


 なぜ勝てないの?


 本当に輪の神がいるなら、なぜ黒部なんかをのさばらせておくの?


 輪の神にとっては、ささいなことでしかないの?


 わたしや、お父様が信じてきたものは、なんだったの?


 ごめんなさい。


 お父様、ごめんなさい。


 結局、なにもできなかった。





 ――玲奈は銃撃の音を待ったが、いつまでたっても聴こえてこなかった。


 顔をあげると、黒部は驚きの表示を顔に貼り付かせたまま、硬直していた。


 また、その姿勢のまますこしずつ黒ずんでいった。


 玲奈は信じられない気持ちで、その様子を見つめていた。




 第5章 凍土 おわり

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