第56話
愛野は車の後部座席で須崎のとなりに座っていた。
運転席では岸中が工場の方を睨んでいる。
そのときスマートフォンの着信音が鳴り、見ると葉仲からのメッセージがきていた。
『わたしと玲奈さんがマスタークリスタルに到達しました。黒部がいます』
愛野は運転席の岸中に向かって声を張りあげた。
「きた! しのっちがマスタークリスタルに到達や。黒部も凍土の中におるらしいで」
「ついにですな」
とは須崎だ。
「せやけど、しのっちと葉仲はんだけで黒部と対面かいな。大丈夫なんか……」
「それでしたら、黒部はすぐにでも、ヘヴンから引きずり出しましょう」
すると岸中は無線を取り、
「ヘヴン・クラウド内のチームが目標に到達。各班は黒部容疑者確保に向け、現場に突入せよ!」
そのとき、車窓の外に何人もの民間人が見えた。
老若男女、さまざまな人々がぞろぞろと歩き、黒部が潜伏している工場を取り囲んでいった。
その手には様々なプラカードがあった。
『不当な弾圧に抵抗せよ!』
『思想の自由を守れ!』
そんなメッセージが書かれていた。
そのほか、メガホンを持った青年が声をあげはじめる。
「われわれェー、輪神教会はァー、思想と信仰の自由を主張するゥー!」
それに応じるように、人々は『おうー!』と声を張りあげる。
岸中は無線に向かって言った。
「信者と思われる集団が工場を取り囲み、容疑者確保を妨害しているようだ。各自持ち場にて待機せよ。無闇に刺激したり、危害を加えないように注意しろ。そのかわり、もし外に黒部が出てきたらすぐに確保しろ!」
そうは言うものの、窓の外ではすでに警官隊と人々が押し合いになっていた。
そこで愛野は、
「早う行かな、しのっちたちがやばいやろー!」
しかし岸中は、困惑したように黙ったままだ。
「あー、もういくわ」
愛野は車外に飛びだした。
須崎も追いかけてきた。
「愛野さん、いけませんぞ。警察にまかせておきましょう」
「それが、頼りにならへんからやッ!」
愛野は人々の隙間をぬって工場へ走っていった。
傾いた扉を押しやぶって中に入ると、5人の男が立ちふさがった。
警棒を持った黒いジャンパーの中年が先頭におり、その他の者も武器を持っている。
愛野は近くに武器になりそうなものがないか、視線を走らせた。
そのとき、警棒の男が詰め寄ってくると、
「なんだコラー。出ていけこのガキー!」
と警棒を振り回してきた。
愛野は腰をおとして後方に転がる。
そこで起きあがりざまに掃除用のモップをつかむと、それを振って男を遠ざけた。
それからモップの先を踏みつけて外し、長い柄の部分を武器にして構えた。
すると追いついてきた須崎が工場に入ってきた。
「大丈夫ですか? 無茶しないでください!」
そんな須崎を横目に、愛野は眼前の男に向かっていく。そして棒の先で男の警棒を絡めとった。
警棒が宙に舞う。
そこで男の足を横薙ぎにすると、男は叫び声をあげて転倒した。
こんどは別のスキンヘッドの大男が前に出てきた。
「黒部様の救世の事業を邪魔するのか? 絶対にゆるさんぞ!」
須崎が言い返した。
「なにが救世か!? あれだけ世間に迷惑をかけておいて」
「黒部様は、失踪された代表と、療養中の玲奈様の意志を引き継ぎ、教団拡大と、救世のために尽力しておられる。邪魔は止めてもらおう」
「なんだって? ……ふざけるな! あの世の誠也様が聞いたら噴飯ものだぞッ!」
「黒部様は、クリスタルによって神を顕現させ、ヘヴン・クラウドに救いを求める人々を導いていらっしゃるのだ」
「洗脳によって金をかき集め、しまいに殺しとるだろう!」
「それはわれわれに関係がない! 別のやつらの陰謀だ!」
愛野は男たちに向かって歩いていった。
「いくら語っても平行線やなー」
その視線の先には事務所の脇にある、地下への階段が見えた。
「わたしは進む。邪魔はせえへんでほしい」
するとスキンヘッドの男が、近くの鉄パイプを拾いあげて襲いかかってきた。
「まだわからんか、このチビー!」
愛野はその鉄パイプをいなし、棒で男の脚を絡めて転倒させた。
そこで愛野はつぶやいた。
「じぶんらは、道を踏み外しとる」
他の者たちも向かってきたが、愛野は動じることなく構えた。
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