第54話
園川は間合いをとりつつ、キャズムの右側に回りこむように運歩をしていた。
それは園川が本能的に身に着けた、武道的な立ちまわりだった。
右手に武器を持つ者にとって、特に大型な武器であるほど、持ち手である右側への攻撃がしづらい。
葉仲の姿は見えない。キャズムとの戦いの中でだいぶ離れてしまったようだ。
そのとき、遠くの方から大きな音が聴こえてきた。
とどろくような地響きの音だった。
気にはなったが、いまはそちらに注意を向けている余裕はない。
キャズムは武器戦闘の達人だった。
本体は日本人かどうかもわからないが、フェンシングや剣術のほか、いくつかの武器をあつかう武道やスポーツの経験があると聞いたことがある。
「注意させてもらうぜ」
とキャズムは言った。
「影から、アンタには乗せられるな、と言われているからな」
園川は答えた。
「そうか。意外と臆病なんだな。日が暮れないといいが」
「ほらなー。そういう心理攻撃には、乗せられないぜ」
そんな軽口の割に、キャズムの動きには隙がない。
園川は目を細め、キャズムの腰のあたりを中心に全体を見た。
剣を見ず、それを動かす肩や腰、足元の動きを注視した。
そのように集中しつつも、園川はあまりの間合いの違いに辟易した。
自分の攻撃を当てるには、必ず大剣をかいくぐって近づかなければならない。
一方で、キャズムの攻撃はいつでも届く。
「どうした、ブルーのダンナ。間合いの違いがつらいか? こっちからいくぜ」
そう言うなり、首を目がけて大剣が横薙ぎに襲ってきた。
園川はなんとかかがんで避けたが、大剣はキャズムの頭上でぐるりと回転し、瞬時に足元を横薙ぎにしてきた。
園川は体勢を崩しながら、転げるように大剣を飛びこえた。
「足元が悪いな、残念」
するとキャズムは体を反転させて、大剣を大きく振り下ろしてきた。
すべての攻撃が無駄のない円の軌道だった。
大剣とは思えないスピードで、次から次に斬撃が襲ってきた。
そこで園川は電磁ナイフを掲げ、大剣を受けながした。
激しい金属音とスパーク音。
園川は間合いをとると、
「どうした? 影なら追撃してくるぞ。臆病は勝機を逃すぞ」
「へへ、挑発しているつもりか? あいにく、そんなんで熱くなるほどガキじゃないぜ。それに、アンタの間合いと、反応の限界がわかってきたぞ。この雪の上で、どこまで動けるか、ってのが」
すると、キャズムは大剣を斜めに振りおろしてきた。
一呼吸遅れて、園川は雪を蹴って飛び退いた。
「アンタの動きは見切った。……終わりだ、ブルーのダンナ」
そう言ってキャズムは前傾姿勢で迫り、大剣を横薙ぎにしてきた。
園川は後退して攻撃を避けたが、そこで足をもつらせ、膝を地面についた。
「くそッ、ダメか……」
と、園川は顔を歪ませる。
「もらったーッ!」
キャズムは勝ちを確信したように大きく踏みこんできた。
風を斬る音とともに、斬撃が園川の首筋を目がけて飛んでくる。
――そのとき、園川は一気に跳躍した。
そしてそのままキャズムの頭上を飛び越える。
キャズムはのけぞり、園川を見失った様子で「どういうことだ!」と叫んだ。
園川はキャズムの背後に着地した。
キャズムは振り向きざまに小手を振ってバックブローをしてきたが、園川は素早いフットワークで潜りこみ、瞬時に電磁ナイフを相手の喉元に突きつけた。
キャズムはしばらく沈黙してから、引きつった表情で言った。
「ああ。そういうことか。どうやら、乗せられちまったみたいだな。……ブルーのダンナが、こんな雪ごときで、もたつくわけはない。それに気づかなきゃいけなかった。なあ、そうだろ? 雪のせいで動きが鈍いように見えたのは、ブラフだった。それに、気を逸らすためにわざわざ、あからさまな挑発をした」
それには答えず、園川は電磁ナイフを突きだした。
首を裂かれたキャズムは膝から崩れ落ちていった。
園川はそのまま背中を向けて、背後のキャズムに言った。
「おまえには信念が感じられない。心がうつろなんだ。だから気付けない」
そう言いながら、過去の自分も似たようなものだな、と心の中で吐き捨てた。
するとなぜか戸澤未由の、非難がましい表情が脳裏にちらつく。
ヘヴンズシャドウという時代。
自分の心がうつろだったから、似た者たちが引き寄せられたのだろうか。
それがヘヴンズシャドウというものだったのだろうか。
では、いまの自分はどうだ?
園川はそんなことを考えながら、電磁ナイフを腰のホルダーにしまった。
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