第53話
玲奈は岩陰に身を隠した。
松宮も玲奈のとなりにきた。
そうこうしているうちに、またボーラの声がした。
「隠れたわね。さて、いつまでそうしているの?」
玲奈はなにも言い返せなかった。
「ほら、こっちから行くわよ」
すると、雪を踏む足音が聞こえた。
勝ち筋が見えなかった。正面から行っても、たどり着く前にナイフにやられる。
仮に白兵戦に持ちこんでも、勝ち目があるかわからない。
岩陰から下を見ると、谷底の道が続いていた。
そこから逃げることもできるかも知れないが、いまは進むべきときだ。
かといって、強制離脱をさせられるわけにはいかない。
玲奈にはもう、どうしたらよいかわからなかった。
「そこの岩陰ね。すぐナイフの的にしてあげるわ。フフフフフ」
玲奈は自身の胸の鼓動を感じた。
視界が薄赤くなり警告情報が表示されはじめた。
『心拍数上昇にご注意ください。危険水準になった場合、強制離脱を行います』
玲奈はそれを皮肉に笑い飛ばした。心拍数上昇よりも先に、ボーラにやられるだろう。
そのとき、となりの松宮が立ちあがった。
玲奈は尋ねた。
「どうするつもり?」
松宮は思いつめたような表情で言った。
「オレにまかせてください」
すると、松宮は斜面を滑り落ちるように駆け降り、谷底の道へ入った。
すかさずボーラが嬌声を上げて、獲物の小動物を見つけたキツネのように追いかけた。
「捕まえてあげるよーッ!」
ボーラは両手でナイフを投げた。
松宮の背中をはじめ、体じゅうにナイフの雨が襲いかかっていった。
松宮は悲痛なうめき声を上げ、速度を落としたものの、さらに進んでいった。
やがて、松宮は崖にはさまれた隘路で立ち止まる。
そこにボーラが、鉈を右手に飛びかかっていった。
すると、振り返った松宮の肩に鉈が深く斬りこまれたように見えた。
松宮の低い叫び声がした。
それからしばらくもみあっていたが、そこでボーラの声がした。
「やめろー! 離せー! あたしにまとわりつくんじゃない! どうするっていうんだ! このくたばりぞこないが!」
どうやら、松宮は息も絶えだえの状態で、右手でボーラの体を抱えこんでいた。
松宮の体が黒くなってきたようだった。
玲奈は立ち上がり、助けに行こうとした。
「くるなーッ! こないでください。玲奈先輩。来ちゃだめだ!」
「松宮くん!」
「そこで、見ていてください! きょうのために開発した、オレの魔法を!」
すると、ボーラと絡みあった体の隙間から、魔法剣士の左腕が突きだされた。
その手に光が収束してゆく。
玲奈は思わず叫んだ。
「その状態で、どうやってさっきの魔法を出すつもりなの? 効かないでしょ!」
その問いに答えるように、松宮の声が聞こえた。
「
玲奈は耳をうたがった。
松宮はもうひとつの魔法を開発していたというのか。
すると、周囲の空気が震えだした。
地響きがし、斜面の雪が落ちはじめた。
音と振動がますます大きくなり、体じゅうが震えるような共鳴を感じた。
すると、松宮たちを囲む両脇の崖から、氷雪が落ちてきた。
止めどない滝のように、大量の雪が松宮とボーラの頭上に降りかかっていった。
「やめろー! はなせーッ!」
ボーラの悲鳴すらも雪に押しつぶされる。
玲奈は喉の底から松宮を呼んだ。
もはやそこには、雪と氷に塞がれた、浅い谷間の道しかなかった。
マップ表示から松宮のアイコンが消えた。
玲奈はつぶやいた。
「松宮くん。あなたの意地、見せてもらった」
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