第51話

 翌日、愛野たちはついに黒部の潜伏先に向かった。


 前日と同じく、愛野は岸中が運転する車に、須崎と一緒に乗っていた。


 潜伏先の工場を間近で包囲してしまうと警戒されるため、しばらく離れたところに車を停めた。


 警視庁からは別のもう1台が同行してきており、灰色のセダン車もすこし離れたところに停まった。


 県警の応援の車両も、別の場所で待機しているらしい。


 時間は13時30分だった。


 マスタークリスタル破壊、および黒部を確保する目標時刻が15時ちょうどだ。


 愛野は園川たちとのチャットを見ながら、


「戦いまでもうちょいやな……。腕がなるでー」


 すると岸中は言った。


「いや、あのね、愛野さん。きみはなにもしないよ。民間人に、容疑者確保を手伝わせるわけがないよ……。あくまでヘヴン・クラウドの専門家として、園川くんたちとの連絡役として助けてほしい。そう言ったと思うんだけど」

「なんや、悪党を目の前にして、指くわえて待っとけいうんか」

「しょうがないだろー。さすがに僕だって怒られるから。まあ、警察にまかせておいてよ」


 そこで岸中は須崎に顔を向けて、


「申し訳ありませんが、須崎さんも、彼女が無茶しないように、見ておいていただけると助かります」


 須崎はうなずいた。


「もちろんですとも。愛野さんに無茶はさせませんよ」




  *   *




 影は『薄明の森』でボーラたちと別れたあと、しばらく森の中を歩いた。


 しばらくいくと、人の気配がなくなった神殿の外壁や、石畳が見えた。


 そこで影はふところに手を入れ、黒くちいさな結晶を取りだし、しばらく眺めていた。




  *   *




 園川は水分を控えた軽い昼食を済ませ、会社にいた。


 時刻は13時20分だ。13時30分に、葉仲と合流する約束になっている。


 玲奈と松宮はいつになく緊張した面持ちで、自席に座っていた。


 葉仲は自宅からヘヴン・クラウドに接続する予定だった。


 エントリーゾーンに入る際におおまかな座標は指定できるため、即座に4人が合流する予定になっていた。


 スマートフォンを開いて、ヘヴン・クラウド内ともやりとりできるチャットを見ると、ちょうど葉仲からメッセージが来た。


 『いつでも大丈夫です』


 そこで松宮の声がした。


「行くぜー」


 玲奈も続いた。


「さて、そろそろね」


 園川はうなずいて、立ちあがった。


 足がすくんでしまいそうだった。


 見ると、玲奈も松宮も青い顔をしている。


「大丈夫ですか? 松宮さん」

「うるせー。なんでもねーよ。園川こそ、気合い入れてけよ」


 すると、玲奈が近づいてきた。


「行きましょう。園川くん」

「はい」


 こうして3人はオフィスの傍らにあるブースに入っていった。





 園川は『凍土』のエントリーゾーンに入った。


 あたり一面に雪原が広がり、吹雪で視界が悪い。


 マップの表示を頼りに合流地点へ進んでいった。


 やがて、玲奈、松宮、葉仲と合流できた。


 玲奈は戦闘用のアバターに白いコートを着ていた。


 松宮はいつもの魔法剣士のアバターだ。


「ここから、あの山間の谷をくだります」


 と、葉仲は前方を指さした。


 園川は右手を腰のホルダーにそえながら進んだ。


 いつ、どこから攻撃を受けるかわからない。





 しばらく斜面を降りてゆくと、両脇を崖に囲まれた山間の谷にたどりついた。


 園川たちは氷の壁にはさまれた隘路を進んでいった。


 それから谷を抜けると、こんどは登り坂になった。


 園川と葉仲が前列、玲奈と松宮が後列で進んでいった。


 その雪に覆われた登り坂をひたすら進んでいき、坂の終わりに差しかかったとき、異変が起こった。

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