第42話
影は『薄明の森』の木々の中で身を潜めていた。
霧の向こうにいくつかの気配がする中、影は鞘から刀を抜いた。
すると、赤い刀身が霧の中に浮かび上がった。
どこから攻撃を仕掛けてくるか検討もつかない。
木の上からか、正面からか。
なにをしてくるのか。
なにもできずに強制離脱となるかもしれない。
――そんなことを思いながら、影はあらゆる攻撃に備えていた。
そのとき、右足に違和感を覚えた。
見ると、右足に重りの付いたワイヤーが絡まっており、後ろに強く引かれた。
影は態勢を崩しながらも振り向きざまに刀を構える。
衝撃とともに激しい金属音がした。
そこには鉈に体重をかけて迫る、ひとりの女がいた。
身長は影よりも低い。
その女のアバターは灰色の毛皮の服を身につけ、茶色い長髪をなびかせていた。鋭い目つきで、その瞳の色はくすんだ藍色だった。
また、衣服のいたるところに投げナイフが仕込まれていた。
彼女はヘヴンズシャドウの幹部のひとりで、『ボーラ』と呼ばれていた。
ボーラは後ろに飛び退くやいなや、左手を走らせた。
すると、数本のナイフが飛来してきた。
影はとっさに横に飛んでかわす。
そこでボーラは言った。
「ウフフ……。さすがね。どうやら、本物みたいね。……影」
「ああ。本物だぜ」
「あたしのナイフ、よくかわせたもんだね」
「あんたに投げナイフを教わってから、研究したからな」
「ふん。で、ほかのやつは?」
「まだだ。ていうか、そのへんで、様子を見てるだろ」
「そうだね。早く相手をしてやりなよ」
「ははッ! まったくよ、趣旨が違うんじゃねーの」
そう言うと、影は大きく跳躍した。
するとその直後、風を切る音とともに影のいた場所に大剣が打ちおろされた。
炸裂音がして、土が飛び散り深い溝が掘られた。
影は頭上の枝に飛び移り、下を見た。
すると、ボーラのとなりに、銀色の西洋風の甲冑を身に着けた、巨躯の騎士がいた。
兜はなかった。
短い金髪に青い瞳。意思の強そうな角ばった顔立ちに無精ひげ。男臭い雰囲気だが、どこかスポーツマン的なさわやかさがあった。
彼もヘヴンズシャドウの幹部で、『キャズム』と呼ばれていた。
キャズムは青いマントをひるがえし、身の丈はあろうかと思われる、巨大で分厚い両刃の剣を地面から抜いた。
そこで影は枝から飛びおりると同時に、刀を上から振るった。
そしてそれをフェイントとして、反転してキャズムの喉を突く。
――しかしキャズムは小手でそれをはじき、影が着地したところに蹴りを繰りだしてきた。
影が後ろに跳ぶと、こんどは大剣が頭上から襲ってきた。
影は刀を振りあげ、大剣を受けとめ、すぐに大剣の軌道を地面にそらした。
火花を散らし、大剣は再び地面に深く刺さった。
すると、キャズムから殺気が消えた。
「当たらないな。バッタみたいに素早いねえ。あいかわらずだな」
影は刀を鞘におさめて、
「バカみてーにブンブン振り回しやがって。あいかわらずなのはてめーだよ」
キャズムは大剣を背中におさめ、
「で、話を聞こうじゃないか」
影たちは近くの倒れた大木に腰をおろしていた。
影は2人を見て言った。
「よくきてくれたもんだ」
するとボーラは笑いながら、
「おどろいたね。あんたからダイレクトメッセージがきたときは。ヘヴンズシャドウの再結成だっ、てさ。……ところで、あたしのほかに、何人に送ったの?」
「上から4人だな。無駄に広めるのも、あんまりよくねえからよー。メンバーは最後は50人くらいはいたかもな。末端まで入れると。その中でも、特に戦力になるやつだけに送ったんだよ」
「そのうち釣れたのは、あたしと、脳筋のキャズムだけってことね」
「まあなー。バカしか釣れねえよ。まったく。やつら、かしこくなっちまったもんだぜ」
そこでキャズムが言った。
「おい、ところでブルーのダンナは? リーダーがいないぜ?」
するとボーラは、
「バカね。影とリーダーとのことを知らないの?」
そこでキャズムはなにかを思いだしたように黙った。
影は言った。
「あいつは、裏切り者だ。今回はリーダーが敵になる」
するとボーラは、
「それは、楽しめそうね。いつか試してみたいって思ってた」
と怪しく笑った。
「ブルーのダンナとやるって、本気か。ッたく、どうなってやがる」
とキャズムは頭を抱えた。
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