第43話

 園川は『グロウバレー』の路地にいた。


 薄暗い街灯が中央通りまで続いており、バーやクラブなどが連なっている。


 園川のアバターは、Tシャツにコットンパンツを身につけ、武器はなにも帯びていない。IDも急ごしらえの新規のものだ。


 いずれも、身元を悟らせずに葉仲に接触するためのものだった。


 また、玲奈から葉仲にダイレクトメッセージを送れないかとも思ったが、玲奈によると『教団に監視されていたり、盗聴される可能性がある』とのことだった。


 玲奈を見ると、これも似たようなもので、ベージュ色のトレーナーに青いパンツをはいていた。


 一方で気になるのは、玲奈の右手の人差し指に光る青い指輪。いつもの、刀を生成するためのものだ。いざとなったらひと暴れするつもりなのだろうか。


 だとしても、不慣れで、かつ戦闘用に調整できていないアバターでは十分に動けないはずだ。


 園川は言った。


「きょうは、前みたいに、いきなり斬りこむのはなしですよ」


 すると玲奈は不機嫌そうに、


「わかってる」


 そう言って中央通りに向かってゆく。


 スケジュールどおりなら、以前のように黒部たちが中央通りで集会というか、デモをしているはずだ。




 グロウタワーの足元に広がる中央通りは、あいかわらずの活気に満ちていた。


 路上バーで仲間と騒ぐ者たち。


 思い思いの楽器を手にセッションをする者たち。


 カードゲームみたいなものに興じる者たち。


 空中のホワイトボードに図を書いて、なにかを論じあう者たち。


 園川はこれらの情景を見て、まさに『ヘヴン・クラウド』を感じた。


 時間や信条を超えて、互いを知り、新たな価値を創りあげる。


 さまざまな価値観や天国ヘヴンのあり方がゆるされている。


 これほどのプラットフォームが、いまだかつて人類史にあっただろうか。


 同時に園川は、自分がその『ヘヴン・クラウド』を侮辱し汚した存在である、とも思った。


 すべてを償わなければならない。


 そしてその清算のときは近いだろう、と感じた。




 そのとき、通りの脇でひときわにぎやかな集団がいた。


「輪神教会ね」


 と玲奈が言った。


 人々の歓声の先に黒部がいた。


 ステージの上には、白い法衣姿の黒部を中心に、数名の者がたっていた。


 白いローブ姿の葉仲もいた。


 葉仲はステージの端の方で、彼女らしく自信なげな居心地の悪そうな様子で群集を見ていた。


 黒部は右手の指先を前に出し、胸前に円を描くと、響きわたる声で言った。


「輪の神の導きを」


 そうして、黒部の演説がはじまった。


 黒部の右脇には、台に載ったひとかかえのクリスタルがあった。




   *   *




 お集まりのみなさん。


 本日はわたくしたちの公開説法にお立ちよりいただき、まことにありがとうございます。


 わたくしは、大主教の玲奈様の代理を務める、主教の黒部ともうします。


 さて、世の中は急速に進化し、変化をとげております。


 時代は混迷をきわめております。


 わたくしども、輪神教会においても、いわれのない事件の責任を押し付けられ、迫害を受け、じつに厳しいときを迎えております。


 しかし、わたくしどもは膝を屈しません。


 世界にまことに正しい哲学と、信仰を届けるまで、進み続けます。


 先日、神の元に召されたわれらが神世誠也代表の無念を胸に秘め、進み続けます。


 先日、病気療養中の玲奈様も、このわたくしめの手をとり、『父の分まで、私の分まで、布教に邁進しなさい』と仰せになりました。


 だからこそ、わたくしは、進み続けます。


 迷える人々に。


 この光なき世界に。


 輪の神の導きを。




   *   *




 園川はひやひやとした心持ちで玲奈を見た。


 玲奈は小刻みにふるえながら、いまにも飛びだしそうになっていた。


 右手の青い指輪がステージの光をあびて鋭く光った。


 玲奈の右手がぴくりと動いた。


「おさえてください」


 と、園川は玲奈の肩に触れた。


 とたんにその手がはじかれたが、いくぶんか玲奈は落ち着きを取り戻したようだった。


「ごめんなさい……」




 そのとき、黒部はかたわらに置いてある小ぶりのクリスタルを持ちあげ、天にかかげた。


 すると、ステージに重なるように、巨大な男性の上体が空中に現れた。


 透きとおった銀色の神の姿が、ステージや黒部たちを包み、そこに荘厳なクラシック音楽が流れはじめた。


 盛大な拍手と歓声が巻き起こった。


 そこで、葉仲がステージを降りてゆくのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る