第4章 包囲網

第39話

 園川は自席で、納期が1週間後に迫った開発の仕事に打ち込んでいた。


 ヘヴン・クラウドの調査をしながら日常の仕事もやるという状況に、嘆息しながらではあった。


 やがて窓から射しこむ西日がまぶしくなってきた。


 ――そんな時分に玲奈が会社に戻ってきた。


「どうでした? なにか、進展はありましたか?」


 と園川は尋ねた。


 そう聞く前から、玲奈の表情からなんとなく答えはわかっていた。


 玲奈は首をふって席に着いた。


 それからしばらく玲奈は仕事に取りかかろうとしていたが、ため息をついては頭を抱える、という様子だった。


 そのとき、愛野が近づいてきた。


「おつかれー。しのっち、今夜なんか用事あるん? ひさびさに、焼肉でもしばき行かへん? ソノくんも」


 それは、愛野なりの気遣いなのだろう。


 玲奈はうなずいた。





 店内の喧騒の中、愛野は2杯目のビールをあおっている。


 玲奈は静かにウーロン茶ばかり飲んでいた。


 そこは繁華街にある、忘年会でも使った焼肉屋だった。


 木曜のわりにたいそうな混雑ぶりで、15分ほど待ってから席に案内された。


 案内された席は4人掛けの座敷で、園川の正面に玲奈と愛野が座った。


 網の上にはレバーとカルビがじりじりと音をたてていた。


 園川は箸を止めて、


「ところで、葉仲さんって、輪神教会に以前からいる方ですよね。玲奈先輩が、逃げるときにも助けてくれたっていう」


 そう言いながら、園川は白いローブを着た葉仲の姿を思った。


 『薄明の森』で、2年前に自分を先導したのも、プライムクリスタルを破壊するときに出会ったのも、葉仲だった。


 玲奈は顔を上げた。


「ええ。葉仲さんは、6年ほど前から所属しています。まだ、私たちがひとつにまとまっていたころ」

「そうなんですね。そんな前から……」

「そう。そんな前から、みんな一緒だった」


 すると玲奈は視線を落とし、だまってしまった。


 鼻水をすする音がした。


 愛野がその背中をさすった。


「ええんよ、泣いても」

「ありがと」

「きばりすぎやねん、しのっちは」


 そこで園川は言った。


「すみません。配慮もなく」


 玲奈はしばらくうつむいて、ハンカチで目元をぬぐっていた。


 それからふいに顔を上げた。


「いえ、こっちこそ、ごめん。過去は過去ね」


 その顔はもう、いつもの気丈さを取り戻していた。


 園川は心のどこかで『玲奈の泣き顔をずっと見ていたい』と思っていることに気付き、それを恥じた。


 玲奈は続けた。


「わたしがはじめて黒部を見たとき、17歳、高校2年生だった」

「高校2年生? そんなに……」

「ええ。祖父の病院の、関係者のパーティーで。あのころは、わたしはなにも知らなかった。あのころは……」


 そうして玲奈は慎重な声で話しだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る