第38話

 葉仲は白いローブを着たアバターの姿で、吹雪が続く雪原を歩いていた。


 そこは『凍土』と呼ばれるヘヴンだった。


 あたりには風の音がこだまし、灰色の雪山の影が連なっていた。


 葉仲は雪と氷に覆われた谷底を抜けてしばらく進むと、ある地点で足を止めた。


 そこで腰を曲げて白い雪の上に手をかざす。


 ――すると一帯の雪が消えて、地面に地下への階段が現れた。


 葉仲はその階段を降りてゆく。




 階段を降りた先には、灰色の石壁に覆われた広間があった。


 また、そこの中央に巨大なマスタークリスタルが浮かび、青い光を放っていた。


 その大きさは、『薄明の森』にあったプライムクリスタルをしのぎ、ほかのどんなクリスタルよりも大きなものだった。


 マスタークリスタルの正面には黒部がいつものようなスーツ姿で立っており、部屋の隅の床には影が気だるげに座っていた。


 そこで黒部が振り返って、


「来ましたね、葉仲さん」


 葉仲はうなずいた。


「お待たせしました」

「けっこうです。さて、はじめましょうか」


 と、黒部はクリスタルに向き直った。


 すると影はいらついたように、


「早くやってくれよ。黒部さんよー。まったく、なんでオレがこんなことを……」


 黒部はクリスタルに視線を向けたまま、


「あなたは、この奇跡的な場面に居合わせることに、もっと感謝した方がいい。きょう生成するサイズであっても、相応の時間を待たなければいけなかったのです」

「くだらねー。洗脳マシンを増やすだけのことだろうよ」

「なんですと?」


 黒部は影に視線を向けた。


「あー、いや」


 と言い淀んで影は咳払いする。


「まあいいでしょう」


 と黒部は再びクリスタルを見すえて両手を掲げると、


「神の企図の導きを。神の依代たる、クリスタルを産ましめよ」


 それは、戸澤研悟が組んだモジュールを起動するための、コマンド音声命令だった。


 すると、マスタークリスタルから透きとおった声が聞こえた。


 『コマンドを承認しました。複製プロセスM3を実行します』





 クリスタルがひときわ強く光を放ち、その光は黒部の掲げた手に集まっていく。


 やがて、黒部の手の中に光が消えていった。


 黒部が振り返ると、その手の中にこぶし大のクリスタルがあった。


「さあ、葉仲さん。手をお出しなさい」


 葉仲は両手を出して、そのクリスタルを受けとった。


 この圧縮されたクリスタルは、別に用意されたコマンド音声命令によって、しかるべき大きさに拡大する。


 葉仲は、別のヘヴンにクリスタルを設置しに行くことになっていた。こうやって、神を召喚するためのクリスタルを、さまざまなヘヴンに設置していくのだ。


 葉仲はためらいながらもうなずいて、そのクリスタルをローブの内側にしまった。


「どうしました? 浮かない顔をしていますね」

「いえ……」

「葉仲さん。なにを迷っているのですか?」

「大丈夫です。迷ってなんか、いません」


 葉仲は目をつむり、頭を下げて黒部に背を向けた。




 葉仲は外に続く階段に足をかけた。外の吹雪の中に戻ることに気が滅入りそうになった。


 そのとき、黒部が影に話かける声が聴こえた。


「そういえば、例のヘヴンズシャドウの話ですが……」


 ついで、影の声がした。


「ああ、問題ねーよ。それより、金は間違いなく出るんだろうな。dHCダークヘヴンコインで」

「もちろんですとも。なにせ、あのブルーエッジが動き出したようですからね。なんとかしてくださいよ。もと、ヘヴンズシャドウの仲間として」

「けッ。仲間だと? あいつは、裏切り者だ」


 その声を背に、葉仲は頭上に手をかざして地上への道を開いた。


 とたんに吹雪の音がひびき、真っ白な世界が目に飛び込んできた。


 ヘヴンの中だというのに凍えるような寒さを感じた気がし、自身の両肩を抱いた。




 第3章 巡り合うとき おわり

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