第36話

 玲奈はアパートを出るとき、やや離れた路上にスーツ姿の男を見つけた。


 なんどか見かけたことのある警察の人間だった。


 岸中が言っていた『玲奈を輪神教会から守る』というのは嘘ではなかったようだ。


 ほぼ毎日、制服姿の警官や刑事らしき者がアパートの近くにいて、自分を見守ってくれているようだった。


 そしてそれだけに、警察側が本気であることも感じた。なにしろ、教団が関係していると思われる不自然死は、年が明けてから3月中旬までに6件になっていた。


 その6件にしても報道されている数にすぎないから、もっと犠牲者は多いのかも知れない。


 だというのに決定打がない警察に対し、世間やメディアの目は厳しかった。




 玲奈はいちど出社し、午後になると移動をはじめた。警視庁で岸中と情報共有を行う定例ミーティングの日だった。


 渋谷駅から地下鉄を乗りつぎ桜田門駅まで行き、そこから地上にでた。


 するとそこには、警視庁本部庁舎が青空に向かってそびえていた。




 玲奈は岸中とともに、エレベーターに乗って上階に向かっていた。


 エレベーターが17階で止まると、岸中は先を行った。


 そこで玲奈は尋ねた。


「きょうは、17階なんですか?」


「うん。きょうは、ちょっとね」


 そう言って岸中は進んでゆくと、『警視総監室』と書かれたプレートの前で立ち止まった。


「え、ちょっと……」


 と言いかけた玲奈をよそに、岸中は扉をノックする。


「どうぞ」


 と低い声がした。


「お連れしました。失礼します」


 岸中は大きな扉を開けて入ってゆく。




 警視総監室は濃い茶色を基調にした荘厳な雰囲気があった。


 黒革張りの応接ソファがならび、奥には執務用のデスクがあった。


 そのデスクの向こうに座る、スーツ姿の男性が立ち上がったところだ。


 その男性は大柄で実直そうな印象だった。


 白髪まじりの短髪は刈りそろえられ、額にはしわが刻まれていた。


 鍛え抜かれた肉体と肌つやのせいか若々しさを感じる。


 部屋の奥には金色の桜の代紋――警察章が静かに輝いていた。


 窓の外には周囲のビルと、その先に国会議事堂が見えた。




 男性は入口の方までくると、


「本日は、おいそがしいところ、ありがとうございます。警視総監の勝山と申します」


 と言って名刺を差しだしてきた。


 名刺にはやはり『警視総監 勝山武史』と書かれていた。


 玲奈も自分の名刺を渡した。


 それから勝山にうながされ、玲奈はソファに座った。


 続いて勝山と岸中も玲奈の正面に座った。

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