第31話
玲奈が帰ってきてから1ヶ月が経ち、日常が徐々に戻ってきたようではあったが、まだ数々の問題が残っていた。
継続的に警察と、父親の死のことや自身が拉致されたことについてやりとりをしていたが、なかなか進展しなかった。
事件のあった地域所轄の警察とのやりとりだったが、やはり岸中のような警視庁のサイバー犯罪に特化したチームでないと対処が難しいようだ。
とはいえ岸中についても、組織間の権限管轄などの問題が邪魔をして、直接的な介入ができないようだった。
一方で園川は自分の机に向かって案件の整理をしていた。
いずれもヘヴン・クラウド関連の制作や開発の仕事だ。
大手不動産会社の、バーチャルモデルルームの制作。
スポーツ用品メーカーの、スポーツクライミング向けのコース制作。
ゲーム会社と共同でリリースする、RPG型ヘヴンの開発。
こんな案件に取り組む中、エンジニアとしてさまざまな作業が発生した。
AIが生成する地形や建造物を整え、自然現象やオブジェクトの動作を定義する。
愛野たちデザイナーが制作したモデルのシステム的な調整をする。
松宮が得意とするエフェクトや『魔法』の開発を手伝う。
武器や装備品、消耗品など所有型オブジェクトの開発をする。
こういったことを毎日やっていた。
営業チームの社員は客先や提携先の会社へ頻繁に外出していた。
営業チームの窓側にはホワイトボードがあり、『目指せ! 年商2.4億円!』と赤字で書かれていた。
そのほか、エンジニア、デザイナー、総務のメンバーはほぼそろって社内にいた。
そのとき、向かいの席の玲奈が立ちあがり、声をあげた。
「ちょっと、これ、ちゃんと確認したの?」
園川はあわてて答えた。
「は、はい。なんでしょう……」
「さっき修正してくれたクラスなんだけど、これじゃ、環境でハングしちゃう。メモリの使いすぎなの」
「す、すぐ確認します」
「よろしく」
と、キーボードを叩く音が聞こえた。
数秒後に『プルリクエストが却下されました』の通知が園川の画面にあらわれた。
となりで、松宮の舌打ちが聞こえた。
「ものごとを俯瞰しろよな」
するとこんどは、背中から愛野の声がした。
「ソノくん! 昨日の新キャラのボーンどないやった? ひさびさに、ごっつ作りこんだわ。アクションの調整仕上げたいねんけど」
愛野が言っているのは、スチー厶パンク風の世界観のヘヴン制作案件で使う、敵対勢力のNPCキャラのことだ。
愛野の好みの世界観なだけに、意気ごみが尋常ではない。
「いや、まだ見れていなくて……」
「なんやー、がっかりや。はよ見てえ」
と、愛野は帰ってゆく。
そんな、うんざりするようなせわしなさの中で、ふと、園川は妙な安堵を覚えた。
そして願った。
こんな騒がしい日常が続けばいいと。
玲奈の怒った眉を、正面から見られる日々が続けばいいと。
夕方になり少し落ちつくと、園川は風にあたりに外へ出た。
そこで、ビルの横の喫煙所に倉神社長を見つけた。
「おつかれさま」
と言う倉神社長に、
「どうも、おつかれさまです」
「仕事は、どうだ?」
「はい、まあなんとか……」
倉神社長はタバコを深く吸い――目を閉じて煙を吐いた。
「ありがとう」
「あの、どういうことでしょう?」
「園川、おまえが、例のクリスタルを破壊したんだってな」
「まあ、そうですね、なんとか」
「おかげで、篠原も帰ってこれた。ほかにも、助けられた人々がいるはずだ。あの、輪神教会の手口から」
「結果が、そうなっただけです。僕はたいしたことは……」
「おまえ……。ヘヴンでは、凄腕の賞金稼ぎだったんだろ? もうすこし、堂々としろよ」
「昔の話です」
そこで倉神社長は珍しく笑った。
「ふッ。とにかく、あいつらを、頼むぞ。篠原も、まだ厄介事があるかも知れんしな。もともとの教団での立場を考えると」
「はい、そうですね……」
倉神社長はライターを取りだし、キーン、と金属音を響かせ、次のタバコに火をつけた。
園川は頭をさげて、歩きだした。
しばらく行った先のコンビニでセルフ式のホットコーヒーを買い、戻りながらスマートフォンを取りだす。
そのとき、あるニュースを見つけた。
そのニュースでは、また新たに、ヘヴン・クラウドに関連しているらしき事件のことが書かれていた。
新潟県に在住のある女性が、ヘッドマウントディスプレイを装着したまま自室で亡くなっていたのだという。
園川は思わず、「なぜ、終わったはずでは?」と口にした。
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