第32話
園川が会社に戻ると、玲奈がうつむいて頭をおさえていた。
園川はおそるおそる、
「大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと……。いろいろ、考えていて」
「あの。もしかして、見られました? あの、ヘッドマウントディスプレイを付けたまま、亡くなったという。あのニュース」
「……ええ」
「まだ、輪神教会が関係しているとは、決まったわけではないですよ」
「ちがう。まだ。……まだ終わってなんか、いない。なにもかも」
玲奈は感情的に机をたたいた。
社内が静まった。
「先輩。……なにかやるなら、一緒ですよ。僕も、手伝いますから」
園川はそれ以上なにも言えず、席にもどった。
夕方になると、玲奈あてに電話があった。
どうやら、刑事の岸中からのようだった。
電話が終わると玲奈が言った。
「ちょっといい? 園川くん」
「はい、なんでしょう……」
「岸中さんだったんだけど、明日、話したいことがあるんだって。それでさ、園川くんも、一緒にお願いできないかな?」
「あ、はい。わかりました。やっぱり、警察としても、気がかりですよね……。今回の事件とか、もろもろ」
「そうね」
「岸中さんには、いろいろ説明されたんですか?」
「うん。わたしが、輪神教会の大主教になっていたこととか。父が教団の代表だったこととか。軟禁されていたこととか。そのあたりは。――でも、園川くんの、過去のことは伏せておいた」
「ありがとうございます」
翌日の午前4時にすこし遅れて岸中がきた。
ミーティングルームには、園川、玲奈、岸中がいた。
「いやー。戻ってこられて、ほんとうによかった!」
と、岸中は満面の笑顔で言った。
そこへ玲奈は、
「おかげさまで。はい」
「ほんと、真剣にそう思ってるんだけどね……。そこで、さ」
そう言って岸中は紙袋を取りだした。
その紙袋には、有名な洋菓子店のロゴが入っていた。
「よかったらみんなで、食べてくれないかな? シュークリーム、ならんで買ったんだよ」
「ありがたく、いただきます。……それで、きょうはなんの用件でしょうか?」
「あー、そうだよね。ごめんごめん。もう知っていると思うけど、また出たんだよね。HMD装着死」
「ヘッドマウントディスプレイを付けたままで亡くなっていたっていう、あの事件ですよね?」
「そう。それなんだけど。前回の事件も解決できないまま、また今回の事件だからさ。うちらも、温度感が高まっていてね……。メディアからも組織の上からも、圧がね……もう、まいったもんだよ」
「で、どうしてわたしたちのところに?」
「うん。篠原さんが戻ってきて教えてくれた、例のクリスタルの関連の話とか。お父さんの話とか。いろいろと絡まっているはずだから……。強い暗示、洗脳。その先の異常行動。そのあたり、もっと詳しく聞きたいからさ。警察も、ふつうの部署じゃ、どうしようもなさそうだからね。水面下で動いとこうと思って」
「……そうですね」
「だからこそ、こうして、情報交換をさせてもらいにきているってわけ。いや、ほんとうに、お父さんのことは、残念だったよ。われわれとしても、あんな結末になるまでに、身柄を保護できず、申し訳ない」
と、岸中は頭をさげた。
「いえ……」
「教団が絡んでいることは、間違いないはずだ。必ず尻尾を掴んで、黒部どもを検挙する。そのためにも。……あ、それと、ひとつお願いがあってさ」
と、岸中は胸ポケットに手を入れ、一枚の写真をだした。
そこには、中学生くらいと思われる少女が写っていた。
「彼女に会ってほしい。――もしかしたら、一連のHMD装着死の事件について、重要なことを知っている可能性があるんだ。本来なら、こういったことをお願いすることはありえないんだけど。……彼女が、ヘヴン・クラウドのことをほんとうに理解している人にしか、詳細を話さない、ってことでさ。僕らも手を焼いていて」
玲奈はため息まじりにうなずいた。
「そうですね。わかりました。それが、輪神教会の暴走を止める手立てになるなら」
「ありがとう! 助かるよ」
そんな中で園川は、少女の写真に書きこまれた、一連の文字を見ていた。
そこには『戸澤未由』と書かれていた。
あの、と、園川は尋ねた。
「彼女は、どういった人なんでしょうか?」
岸中は言った。
「ああ。お父さんが教団の洗脳被害にあわれて亡くなって……。お母さんも、それを苦にして、未由ちゃんと心中をはかった。そして、未由ちゃんだけが生き残った。残酷な事件だよ。なんとしても、真相を突きとめないと……」
園川の脳裏に、すぐにあの事件がよみがえった。
『薄明の森』で、自分が邪魔をしたばかりに死に追いやることになった、あの夫婦の悲劇を。
鼓動が早くなり、めまいがした。
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