第29話

 玲奈は朝のまどろみの中で、昨夜のことを思った。


 葉仲が、この屋敷から逃してくれるようなことを言っていた。


 あれは夢だったのだろうか。


 父親が亡くなったのだという。


 プライムクリスタルが破壊されたのだという。


 ――すべて夢なのではないか。


 いや、すくなくとも、葉仲はそう言った。


 たぶん本当なのだろう。


 玲奈は顔を洗い、爪を切り、身支度をして居間に入る。


 そこでいつものように、葉仲が用意した朝食を食べた。




 葉仲はずっと普段と変わらない様子で、最後にお茶を淹れてくれた。


 やがて葉仲は屋敷の掃除をはじめた。


 そんな葉仲の様子を見て、玲奈は思った。


 やはり昨日のことは夢か、葉仲の気の迷いだったのだ。


 その後、玲奈は歯を磨いてから部屋に戻った。




 ――そこで部屋の片隅に、意外なものを見つけた。


 スニーカーが部屋の隅に置かれていたのだ。


 それは、玲奈がこの屋敷に連れてこられたときに履いていたものだ。


 玲奈は葉仲の言葉を再び思い返した。


『明日の午前11時、屋敷で騒ぎがあるでしょう。そして、警備が手薄になります。そのときです。逃げるなら……』


 時刻は10時をまわっていた。


 玲奈は自室で靴下とスニーカーを履いた。


 なにが起こるというのだろう……。


 10時59分。


 玲奈は数少ない私物のひとつである、簡素な桃色のポーチを小脇に抱え、いつでも動けるように身構えた。


 もし屋敷から逃げるとしたら、正面玄関ではなく、裏庭へ出よう。


 生け垣を抜けて、その先にゆこう。


 車の音がたまに聞こえるから、おそらく県道か国道など通っているのだろう。少しでも、人の多いところへ。


 11時2分。


 玲奈は手に汗を握り、鼓動が早まるのを感じていた。


 やはり、勘違いなのか。


 11時4分。


 外で男の声がした。


「燃えてるぞー!」

「どうした? 大丈夫か?」


 同時に黒煙と、焦げくさいにおいが漂ってきた。


 自室の窓から外を見ると、納屋から火の手が上がっていた。


 玲奈は決心して立ちあがると、裏庭を目指して走る。


 掃き出し窓から外に出て裏庭におり、生け垣の隙間に身をねじこむ。


 竹の骨組みを折り、枝に肌をひっかかれながら、反対側に出る。


 ――そこには、荒れはてた畑と雑草だらけの農道が広がっていた。


 玲奈はその中を走っていく。


 おそらく誰にも気づかれていない。


 やがて車道にぶつかった。


 道路標識に、県道の番号が書かれていた。


 その標識を見て、自分が静岡県にいることが知れた。


 静岡県? なぜ?


 とはいえ、いまさらなにを驚くことがあるのか。


 玲奈は車道を越え、まだ進み続けた。


 少しでも遠くへいかなければ。


 1時間ほどいった先で、商店街があった。


 そこにある、1軒の商店のまえで脚が言うことを聞かなくなり、へたりこんだ。


 すると、


「お嬢ちゃん。どうしただ?」


 と、驚いた様子の年配の女性が近づいてきた。

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