第28話

 玲奈は夜の繁華街をモチーフにした『グロウバレー』の、大通り脇の舞台に立っていた。


 平日の水曜日であるにも関わらず、信者や通行人が詰めかけていた。現実では夜の8時だった。


 玲奈はゆったりとした大きな声で言った。


「我々は、ヘヴン・クラウドにて、神に近づくことができるのです。天国を歩み、学び、創造のみわざの偉大さを知るのです」


 玲奈は右手の指先を上げ、胸前に円を描く。


「輪の神の導きを」


 あたりから歓声とどよめきが巻き起こる。


 同時に玲奈は違和感を覚える。


 自分はなにをやっているのだろう。




 現実に戻ってから、玲奈は神の声を思いだした。


 『薄明の森』の広場で、クリスタルと同調することで接触できる存在。自分を導いてくれる、温かく優しい声を。


 最後に接触したのは、5日前のはずだ。


 その神の印象も、日を空けるにつれて弱まってもいた。


 それにつれて、早くこの屋敷や、黒部から逃げださなくては、とも思う。



 玲奈は場所もよくわからない、田舎の大きな屋敷に軟禁されていた。


 拉致された父親を盾に脅され、薬によって眠らされ、気がついたらこの屋敷にいた。


 この屋敷ではインターネットをはじめ、テレビもラジオも触れさせてもらえなかった。


 屋敷の周囲は常に複数名の黒服の監視係がおり、敷地の外には出られない状態だった。




 居間の畳に座っているときのことだ。


「葉仲さん」


 と、玲奈は尋ねる。


 葉仲はテーブルに焼き魚を置いてから、


「なんでしょう、玲奈様」

「最近、なにか、変わりましたか? なにぶん、情報源がなく……。輪神教会のことも、世間のこともわからず」


 葉仲は言った。


「申しわけありませんが、意味がわかりません」

「私の儀式――プライムクリスタルとの対話が中断されました。あれが私を浸食し、洗脳していくことは知っています。しかし、なぜ中断されたのかがわからず」

「……そうですね。なにか、事情もありましょう」


 そのとき、ふと玲奈は父親のことを思った。


「……そう言えば、父は? どうしているの?」

「すみません。わたくしでは、わかりかねます。黒部様に聞いてみては……」

「黒部は、お父様を拉致し、私を脅し、人形にしようとした! あいつは、ゆるさない」

「玲奈様、落ちついてください……」

「いいえ。それに、私をこのまま洗脳して、妻にするだとか……。汚らしい!」

「玲奈様……」

「あなただって。ねえ、ほんとうのことを教えて。いったい、お父様はどこにいるの?」


 玲奈は立ちあがると、葉仲の肩を両手でつかんだ。


「葉仲さん。あなたが長い信者で、黒部に信用されているのは知ってる。でも、それ以前に、お父様にも教えを受けたはずよ! お願い、なにか言ってよ!」


 葉仲はうつむいて、だまっていた。


「代表は……。すみません。玲奈様。ほんとうに……。代表は、もう」

「なに? どういうこと?」

「代表は、先日、お亡くなりになりました……」

「まさか」

「すみません。玲奈様。黙っていろと黒部様から言われ……」

「なぜ? 殺されたの? 黒部の命令?」

「いえ、そこまでは」


 玲奈は葉仲を離し、危うい足どりで自室に向かった。


 ふすまを締め、畳に倒れ込むと、声を殺して泣いた。




 一時間ほど経っただろうか。


 部屋の外に気配を感じた。


「玲奈様……」


 と、葉仲の声だ。


「わたくしは、古い幻影と会いました。――あの森で。その幻影は、以前と変わらず、とても強かったのです……。そして、幻影はクリスタルを破壊しました」

「え? なに? 幻影? それに、プライムクリスタルを?」


 葉仲はふすま越しに話し続けた。


「はい、そうです。プライムクリスタルが破壊され、神は現れることができず、儀式が止まりました」

「お父様のことと、関係あるの?」

「わかりません」

「それで、葉仲さん。あなたは、それを教えてくれにきたの?」

「玲奈様。わたくしは、あの幻影に再び出会って、おかしくなったのかも知れません。わたくしは……」

「だから、なに? どうしたの?」

「明日の午前11時、屋敷で騒ぎがあるでしょう。そして、警備が手薄になります。そのときです。逃げるなら……」


 そうして、葉仲が去ってゆく足音がした。

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