第26話
青年は真っ白で広大な神殿にいた。
すると『彼』がいつの間にか青年の近くに現れた。
「あなたを、待っていました」
そう言った『彼』は、すらりとした中性的な外見で、赤みがかった長髪をたらし、白い貫頭衣を着ていた。
それに、妙に黒目が大きかった。
声はゆっくりとしており、青年の心や体に言葉を浸透させようとするようだった。
さきほどまで青年は『薄明の森』の神殿前広場にいた。
そこで、プライムクリスタルと同調し、声に耳を傾けるやいなや、この白く広大な空間にいることに気づいたのだ。
輪神教会のガイド役は、『彼』こそが自分たちの『神』だと言っていた。
「きょうこそは、私の手をとってください」
そう言って、神が手を差し伸べてきた。
青年はその白い手を見て、どこかで恐怖を感じた。
これまで2回の儀式があったが、まだその手をとっていない。
その手をとってはいけない、と本能が言っているようだった。
だが、神の姿や声は魅惑的だった。はじめての儀式を受けてから、いつも神について求め、考えてしまうようになっていた。
「あなたが知るように、現実世界は矛盾と不完全さに満ちています」
と神が言うと、突然周囲が暗闇につつまれた。
そこに、スーツ姿の白髪の中年男性の影が現れて、それが長く大きく変形していった。
中年男性の姿は、青年が勤務する会社の部長のそれだった。
中年男性は分裂し、様々な姿をとり、巨大化し、青年を囲みはじめた。
それは、強硬な取引先であり、自分を利用したがる友人知人たちだった。
「やめてください……」
と、青年は言うが、一向におさまる気配はない。
幻影たちはゆがみ、のしかかるように迫ってくる。
青年はうめき声をあげ、ゆるしてください、と泣いた。
そのとき、また神が光とともに現れ、
「輪の神の導きを」
そう言って、右手の人差し指と中指を立て、円を描いた。
すると、青年の周囲の地面に光の円陣が現れた。
光はさらに強力になっていく。
すぐに幻影は消えさった。
神は言った。
「ヘヴンの中にこそ、救いと、真の知恵があるのです。我が企図とは、完全なる世界をヘヴンの中に具現すること。求めなさい、いま」
と、神は青年の眼前に浮遊し、優しげな瞳で手をのばしてきた。
青年は顔をあげ、神の手をとろうとした。
――そのときだった。
神の顔がひきつり、周囲の真っ白な世界が赤くなった。
次の瞬間、青年は再び『薄明の森』の石畳の広場にいた。
兵士や信者が慌ただしく動きまわり、神殿の中へと駆けこんでゆく。
「神殿に、侵入者だぞ! クリスタルを守れ!」
という声が聞こえた。
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