第24話

 園川は静まり返ったオフィスの入り口で、照明のスイッチを入れた。


 自席までやってきて周囲を探すと、椅子の下に財布が落ちていた。


 それを拾いあげ、ふと正面の席を見る。


 そこは玲奈の席だった。


 いつか2人で残業して、プログラムを仕上げたことがあった。


 2人とも秘密を抱えながら、仮面舞踏会のように会社員を演じていたのだろうか。


 ――いや、そんなに生ぬるいものではなかったはずだ。


 2人とも、現実の世界で少しでもまともに生きようと、もがいていた。


 振りかえって奥を見ると、ヘヴン・クラウドにダイブするための黒いブースが3つならんでいた。


 そのとき園川は、愛野と松宮のことを思った。


 たった2人で『薄明の森』に乗りこむだって?


 警備は『あのとき』よりも厳重だろう。


 そんなに簡単なことではない。


 彼らは強制離脱させられるだろう。


 そして、玲奈先輩も『手遅れ』になる。


 洗脳がおわり、黒部の妻になる。


 あの、玲奈先輩が。


 ……それでいいのか?


 被害者はさらに増えるだろう。


 それを止める力が僕にはあるのか。


 その力を正しく使えるのだろうか。


 力を使う資格があるのだろうか。


 わからない。


 救うべきなのだろう。


 玲奈先輩を。


 みんなを。



 ふと、窓の外に街の灯が見えた。


 光のひとつひとつが、闇の深さに惑い、飲みこまれていきそうだった。


 『心の火で、影を照らさなければならない』


 と、さきほどの倉神社長の声がよみがえった。


 園川は体の奥から込みあげてくる熱を感じた。


 その熱に突き動かされるように、ブースに向かっていく。


 『心の火』などというものが、自分にあるのかはわからない。


 ただ、立ち止まっていることはできなかった。


 ブースに入り、ヘッドマウントディスプレイを装着する。


 視界に認証インターフェースが表示される。


 しばらく使っていないアカウントだから、必要な認証が多かった。


 網膜認証、音声認証、続いて手元のアタッチメントの静脈認証を通過する。


 やがて視界に、なつかしいアバターの姿が現れる。


 その『青い刃』の名を持つアバターは、闇の底で園川を待っていたかのようだった。


 そして園川は、いまこそすべてを受け容れるべく、アバターにふれる。


 ――やがて、認証プロセス完了の画面が表示された。


 Logged in with "blue_edge".




 第2章 reboot おわり

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