第23話

 愛野は『薄明の森』の中を進んでいく。


 愛野のアバターは『サニーデイパーク』のときと同様に、薙刀を背負った女戦士だ。後ろからは松宮の魔法剣士がついてくる。


 時間の経過が現実世界と連動しているらしく、森の中も夜だった。


 現実世界では深夜1時をまわっており、人は少なく、警備の者にも見つからずに済んでいる。


 そんな中、愛野たちはマップの中央にある、神殿へと向かってゆく。


 やがて神殿の手前に広がる、石畳の広場までたどりついた。


 愛野は木の陰から様子をうかがった。


 広場の先の神殿は、城塞とも呼べるほど堅牢そうで、周囲は石壁に囲まれていた。


 神殿を守る形で門が見えるが、正面突破は不可能そうだ。


 また、あちらこちらに見張りの兵士が見える。


「おるなぁ、見張り……」


 と、愛野はぼやいた。


 松宮も横にならんで、


「これ、いけるのか? ほんとに……」

「ゆうても、いくしかないやろ。眠いこというとったら、しのっち、間に合わんようなるで」

「園川は? あいつ、知らんけど、強いんじゃねえの? 協力しねえのかよ」

「わけありやろ。無理強いしてもしゃあない。こればっかりは。……さて、頼むで」

「マジでやるのかよー」


 と、松宮は不満そうだ。


「きばってや」

「わかったって。いいけどよ、まだ、開発したばっかのベータ版だからな」


 と、松宮は左手を眼前にかざした。


「ゴースト・インビジブル!」


 すると、松宮の左手が光りはじめ、彼の体が透きとおりはじめた。


「……なんや、その魔法、スカした名前やな」


 とつっこみながら愛野が自分の腕を見ると、同じように透きとおっていった。


 よく見ると空間がゆがんでいるように見える。


「消えとる、消えとる。やるやんマツ。これ、どないなってんねん……」

「ああ。光学迷彩と同じ原理だけどよー。全方位からの視線に対して、視覚レスポンスの演算をだな……」

「あー、わかった。さ、いくで」


 と、愛野は歩きだした。


 背後で松宮が「じゃあ聞くんじゃねーよ」とぼやいた。


 愛野たちは透明な姿を利用して侵入を試みた。


 警備の隙をついて石壁に近づき、愛野が持ってきた鉤縄を引っ掛けてよじ登る。


 やがて、神殿の内部にたどりつくことができた。


 内部の石壁や床が松明の火に照らされ、赤々と輝いていた。


 床には白い絨毯が敷かれ、立ちならぶ燭台が奥へと続く。その先には巨大な水晶の塊があった。


 それがプライムクリスタルだろう。


 また、要所要所に警備の兵士がおり、大きな盾と槍を持っていた。


 愛野はひそめた声で、


「どう破壊するん? あの塊……」


 松宮は少し考えて、


「硬いもんをぶっ壊すような魔法はねえな。もう、パワーでいくしかねえだろ」


 そんな話をしながら2人は通路の壁際をこっそりと歩いていく。


 松宮の魔法が効いており、見つかることはなかった。


 いよいよプライムクリスタルを見上げる位置まできたとき、凄まじい音がひびいた。


 愛野の薙刀が燭台に引っかかり、燭台をたおしてしまったようだ。


 とたんに、


「なにかいるぞ!」

「侵入者だ!」


 と兵士や信者があつまってくる。


 愛野は脇道へと走っていく。松宮の集中がとぎれたのか、透明だった自分の手足がはっきりと見える。


「だからがさつなんだよ! 愛野は」


 と、松宮が追いかけてくる。


 愛野たちは走り続け、ある小部屋へと逃げこんだ。


 そこは棚や椅子や本棚のある、自習室のような雰囲気があった。


「どうすんだよ」


 と言う松宮に対して愛野は、


「ひとりずつでも、やっつけていって、クリスタルまでいくしかないやろ」

「いや無理だろふつうに」

「せやから、はようクリスタル破壊せんと、しのっちが戻ってこれんようになんねん」

「わかってるよ。うるせーな。いちおう考えてんだよ。作戦とか」

「なんか、ええ魔法ないんか」

「そんなに都合よく出てこねえよ!」


 と口論しているときに、部屋へ向かって足音が近づいてきた。


 愛野は口をつぐみ、扉の脇に身をよせた。


 松宮も同じように隠れた。


 足音は近づいてくる。


 そしてついに、足音が部屋の中に入ってきた。


 松宮は剣を抜く。


 愛野は薙刀を構え、それを人影にふりおろした。


 しかし、薙刀の柄をその侵入者につかまれ、止められてしまった。


「んー? オマエら、見たことあるぜ。ははッ。縁があるな」


 と、その黒い姿の侵入者――影はおかしそうに言った。


 愛野は薙刀をつかまれたままだ。


 影は刀の柄に手を走らせ、ゆっくりと赤い刃を鞘から抜いた。


「緊急招集に応じて、きてやったんだぜ。――せいぜい、楽しませてくれよ!」

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