第22話

 夜の11時すぎ、園川は街灯の下、クラカミクリエイティブに向かっていた。


 カフェで財布がないことに気づき、おそらく会社にあるだろうと考えたのだ。


 愛野と松宮はさっそく家に帰って、『薄明の森』に乗りこむつもりのようだった。


 最低限の準備をし、深夜24時に『現地』に集合するとのことだ。


 園川も誘われたが、曖昧に別れてしまった。


 クラカミクリエイティブが入っているビルの裏口に周ると、長身の男が喫煙所にいた。


 黒いセットスーツに髪はオールバック。髭は整えられ、時計が腕に光っていた。映画俳優と言っても信じられるような男ぶりだ。


 男はタバコを取り出すと、銀色のライターをひるがえし、キーン、という金属音とともに火をともした。


 そして紫煙をくゆらせながら、


「奇遇だな、園川」


 と、その男――クラカミクリエイティブの社長、倉神渡流は言った。


 園川は答えた。


「社長……。おつかれさまです」

「ああ。きょうもおつかれ。……ところで、どうした?」

「はい。ちょっと、財布を会社に忘れてしまったようでして」

「そうか。気をつけろよ」

「ええ。それでは」

「ああ。あと、篠原のことは、なにかわかったのか?」

「そうですね。いろいろ、愛野さんなどから聞かれていると思いますが……」


 と、園川は、かいつまんで話をした。


 プライムクリスタルが人々の洗脳に使われていること。


 玲奈がその被害にあっていること。


 愛野と松宮が『薄明の森』に行こうとしていること。


「そうか。そんなことになっているとは。――ここまで手を打てなかったのは、ひいてはオレや、業界にも責任があるかもしれんな。できることは、なんでも言ってくれ」

「ありがとうございます……」

「で、園川は、行かないのか? その、森とやらに」


 園川は言葉につまった。


 しかし、重たい唾を飲みくだし、再び口をひらいた。


「そのうち、社長にもお話をするつもりでした。僕は……。自分の傲慢さのせいで、他者に迷惑ばかりかけていました。それは、いまでも」

「傲慢さ?」

「ええ……。僕はかつてヘヴン・クラウドで、正義のヒーローを気取り、仲間とある活動をしていました。そして、結果、人が亡くなってしまいました。すくなくとも、2名。僕が、傲慢だったばかりに」

「ヘブンズシャドウ……。とか、そういう話か?」

「え? どうしてそれを? ……もう、愛野さんからお話を聞かれましたか?」

「いや、なんとなく、だ」


 園川は、倉神社長の底しれなさに畏怖を感じた。


「それで……。僕は学びました。誤った力は、ときに大きな不幸をもたらす。それを学んだんです。だからこそ、これからは、だれも傷つけないように生きよう、と。そう思ったんです。だから、壊すのではなく、新たに創るために、この会社へ……」

「なるほど、それが、影か」

「影?」

「そうだ。……園川、キミを面接したときから、オレは影を感じている」


 すると、倉神社長はライターを取りだし、金属音とともに火をつけた。


 園川の眼前に、まぶしい炎がゆれている。


「火は影を生みだす。そして同時に影を消しもする」

「火、ですか」

「そうだ。影を消すには、心の火で、影を照らさなければならない」


 そう言って、倉神社長はライターをしまった。

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