第21話
園川が『サニーデイパーク』で玲奈に接近した次の日、予想外の事件が発生した。
輪神教会の代表であり、玲奈の父親の篠原誠也が殺された、というニュースが報道されたのだ。
住宅地で血まみれで倒れているところを発見され、病院に搬送されるも、まもなく死亡したのだという。
すぐに園川の元に、須崎から電話がかかってきた。
その翌日、園川は愛野と松宮とともに、先日と同じ会社近くのカフェの一階席で、須崎を待っていた。
情報交換のため、関係者で話をすることになっていたのだ。
そんなときだというのに、園川は会社に財布を忘れてきたらしく、居心地の悪い思いをしていた。
そんなふうに須崎を待っているあいだに、松宮が話しかけてきた。
「あのさ。愛野からいろいろ聞いたよ。やっぱりオマエって、普通とはなにか、ちがうと思ってたよ。開発でもさ、プログラムの雰囲気もなんか陰湿なんだよな。オレからすると」
園川は答えた。
「すみません。だまっていて」
「もういいよ。いや、よくねえけど。……いまは、玲奈先輩を取り戻すことを考えねえとな。……で、須崎さん、だっけ」
「はい。先日、愛野さんと玲奈先輩のアパートに行ったとき、教団の人に話しかけられて……。その人から電話があり、今後のことで話があるって」
「なるほどな。いろいろ、ややこしくなってきたな」
そのとき、店の自動ドアがひらき、中年の角ばった顔の男――須崎が入ってきた。
黒いスラックスに、カーキ色のジャケットを着て、帽子をかぶっていた。
須崎は席につきレモンティーを頼むと、深いため息をついて、
「いろいろと、急激に動いていますな。まさか、誠也様――代表が亡くなるとは。……いや、これは想定していたことですが。玲奈様を手に入れれば、消される可能性があると。しかし、それにしては、いささか性急で、かつ目立つやり方ですが。黒部側にもなにかしら、想定外の事象があったのか……。いやしかし、誠也様が、お亡くなりになるとは……」
須崎は口ごもって眉根をよせ、顔を赤らめた。ハンカチをだし、目元と鼻をぬぐった。
「失礼しました。私としたことが……。それで、そうです。玲奈様は、どうだったのですか? おそらく、玲奈様は黒部の手にあると思われますが。その玲奈様の、アバターに近づかれたとか……」
園川は答えた。
「はい。あくまでヘヴン・クラウドの中でのことですが、玲奈先輩は、輪神教会の大主教として、あいさつをしていました」
「やはり……」
「それに、言いにくいのですが、玲奈先輩は、僕がわからない状態で……。まるで、別人のようでした」
「なんと! それでは、儀式が進んでいるということですね?」
「儀式?」
「ええ。あの裏切り者――黒部が数年前からはじめたのですが、ようは洗脳です。プライムクリスタルという、ヘヴン内のオブジェクトで生成される映像や音声を使い、対象を洗脳してゆくのです。いや、洗脳というより、催眠暗示などに近いのかも知れません。記憶や認識の深い部分を塗り変えてしまう、恐ろしいものでして」
「プライムクリスタル……」
「もしやご存知で?」
「はい、まあ、そうですね……」
「そうですか。それはまた奇遇な……。まだ、外部にはそう知られていないはずですが。……それで、玲奈様は、もう完全に別人のように?」
「いえ。近くで強く呼びかけると、僕のことを思いだしたらしく、なんていうか、苦しみだして……」
「なるほど。もしかしたら、まだ、間に合う可能性もあります」
「間に合う?」
「はい。通常は3回にわけて洗脳をおこなうらしいのですが……。あなたの呼びかけによって正気を取り戻したということは、まだ完全には洗脳されていないのでしょう。それならば……。儀式を止められれば、玲奈様をお救いできるかも知れません。しかし、時間的な猶予はないでしょうな。場合によっては、連日で洗脳を行うこともあるらしいので」
「なるほど……。あと、そうでした。輪神教会の関係者が、玲奈先輩が黒部と結婚する、みたいなことを言っていました」
「なんと! 黒部が、まだそんなことを目論んで……。ゲスですな、あいつは。しかし、正気さえ保ってくださっていれば、玲奈様を取り戻し、元に戻すことはできるはずです。黒部も、すぐに玲奈様に重大な危害を加えることはありますまい……。まずは玲奈様の心を乗っ取り、名実ともに妻として迎え入れる算段でしょうから」
「どないしたらええ?」
と、こんどは愛野が身を乗りだしてきた。
「しのっちを救うには、なにをしたらええ?」
須崎は言った。
「それは、プライムクリスタルを破壊することです。ただ、本質的な解決のためには、引き続き玲奈様ご本人を探さねばなりません。ですから、時間稼ぎにしかなりませんが」
「まずはそれでええ。プライムクリスタルちゅうのを壊したる。で、それは、どこにあるん? すぐに止めなあかんのやろ?」
「プライムクリスタルは、輪神教会の聖地にあります。そこは、『薄明の森』と呼ばれています」
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