第19話

 園川はリクライニングチェアで目覚めると、頭痛を感じながらヘッドマウントディスプレイを外した。


 一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなったが、すぐにクラカミクリエイティブの個室ブースにいることを思いだす。


 『サニーデイパーク』で影に斬られた感覚が、まだ体に残っていた。


 5分ほど休んでから、園川はゆっくりと立ちあがりブースをでた。


 時間は、午前11時をまわっていた。


 一緒にヘヴン・クラウドへダイブした愛野と松宮は一足先にブースを出ており、自席でぐったりとしていた。


 特に松宮は放心状態だった。


 園川が近づくと松宮は顔をあげて、この上なくだるそうに、


「しんど……。やべぇな。きょうはもう、だめだわオレ……。ていうか、なんだよ最後の、黒いやつ。瞬殺されちまった……」




 やがてほかの社員が玲奈の様子を尋ねてきた。


 とはいえ、事態が込み入っており、園川もどこから説明してよいのかわからなかった。


 そのとき、愛野が近づいてきた。


「ちょっとええ? ソノくん」


「はい……」


「話し、せえへん? 外で」


「わかりました……」


 園川は財布とスマートフォンをポケットに入れた。




 園川は愛野に続き、会社の近くのカフェに入った。


 店内にはコーヒーの香りが満ちていた。


 園川たちは人通りを見おろせる2階の窓際の席に座った。


 そこで、園川はアメリカンコーヒーを、愛野はカフェラテを頼んだ。


 飲み物が来る前に愛野は、


「ほんまのこと、いうてくれへん?」


 と唐突に切りだした。


「なんでソノくんが、ヘヴンズシャドウにかかわっとったん? ヘヴンズシャドウいうたら、ようはやばい集団やろ。……それに、あの黒いやつ、ソノくんのこと、リーダーやったって。そういうとったね」


 『サニーデイパーク』で影にやられたあと、愛野はしばらく影と園川たちのやりとりを聞いていたのだろう。


 行動不能になってから、一定時間は周囲の音を聞くことができるからだ。


 園川は目をふせ、だまっていた。


 コーヒーとカフェラテがきたが、手をだせなかった。


 園川は逡巡していた。


 自分が話すことで迷惑がかからないだろうか。


 いや、それはいいわけだ。


 たんに、自分と向き合うことができていないだけか。


 話してしまったら、愛野や会社の仲間は、自分を受け入れられなくなるのではないか。




「仲間を、信じられへん?」


 と、愛野は言った。


 やがて園川は覚悟をきめて、顔をあげた。


「あいつは、影と呼ばれていました……」


 そこから園川は話しはじめた。


 半生のこと。


 ヘヴンズシャドウのこと。


 『薄明の森』のこと。




 一時間ほど園川が話したあと、ようわかったわ、と愛野は言った。


「いろいろ、あかんかったな」


「はい……。わかってます」


「最低やね。いろんな人に迷惑かけとった、いうことや」


「そうです……」


 園川は目をとじ、深いため息をついた。


 そのとき、


「せ、や、か、ら」


 と聞こえて、園川は顔をあげた。


「こっから、しっかり、やりなおさなあかんな」


 と言って、愛野はやわらかな笑顔を見せた。

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