第17話

 園川は剣士とローブ姿の女性を追って森を進む。


 霧の乳白色と木々の緑で呼吸が苦しく感じるほどだった。


 剣士は逃げながらも、女性を守るように立ち回った。


 できるだけ女性を先にいかせ、自分が盾になり、なんとかエントリーゾーンまで逃げようとしているかのようだった。


 ふいに園川はある疑念におそわれた。


 まるで、襲撃者は自分の方ではないか。


 しかし園川は頭をふって、電磁ナイフをにぎりしめた。


 いまは『敵』を排除すべきときだ。




 下り坂で園川は大きく跳躍した。


 葉や枝をおしのけ、剣士に飛びかかって転ばせた。


「逃げてください!」


 と、剣士は女性にむかって叫んだ。


 園川はすぐに剣士の喉元へナイフを突きおろした。――刃が火花とともに対象を焼き切るときの、ジリジリという音がした。


 女性は逃げていく。


 園川は立ちあがると、再び走りだした。




 そのとき、女性は木の根につまずいたのか、短い悲鳴をあげて地に膝をついた。


 そして、半身で園川の方へ振り返った。


 ややウェーブのかかった長髪の黒色が、森の中に鮮明に映えた。


 女性はなにかを懇願するような目をしていた。


 『くそッ。なんて仕事だ』


 と園川は思いつつ、これは仮想空間なんだ、とも自分に言い聞かせた。


 女性は攻撃を受け、行動不能になる。強制離脱させられ、ペナルティを受けるだろう。そして目が醒めたら、ごく普通の日常生活がはじまる。それだけのことだ。


 だいたい、アバターが女性だからといって、本体も女性だとはかぎらない。


 すべては仮想、娯楽、ゲームみたいなものだ。




 そこで女性が口をひらきかけたのだが、ふいに園川は恐怖をおぼえた。


 理由はわからなかった。


 その恐怖を払おうと、園川は電磁ナイフを持ちあげ、女性の胸に振りおろした。


 女性は遠くを見ていた。――おそらく、神殿や広場のある方向だ。


 電磁ナイフの振動と熱が確実に対象の胸部を損壊させる。


 女性は地に伏し、黒髪が草と土のうえにおちた。そして、徐々に体じゅうが黒ずんでいく。


 園川はなにも言えなかった。


 自分がなんのために、なにをしているのか、よくわからなくなっていた。


 やがて、『襲撃者』がなんだったのかを知ったのは、2日後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る