第15話

 園川は『薄明の森』の中をエントリーゾーンから中央に向かって移動していた。事前に取り決めた座標でクライアントと合流する予定だった。


 園川のアバターはネイビーブルーの戦闘服に身をつつんだ、いかにも俊敏そうな見た目だった。


 そのとなりには、鬼神の仮面に黒い忍者装束を身につけたアバターもついてきていた。そのアバターのIDは『nightblood54』だったが、周りからは『影』と呼ばれていた。


「おいリーダー。本当にやるのか?」


 と、影は言う。


 園川は少し考えて、


「ああ。問題ない。やるつもりだ」

「はん。そうかよ。俺とちがって、アンタは仕事に正義を求めるんじゃなかったのかよ。それが、用心棒まがいの仕事かよ。笑わせるぜ」

「これは、人道的な仕事だと思っている」

「人道的? ははッ。俺たちヘヴンズシャドウに人道をもとめるやつなんていねえよ。自分は善人だって思いたいだけだろ。知ってるぜ。アンタ、金のためにやってるんだろ」

「だまれ。善悪の話じゃない。たんなるポリシーの問題だ」

「そうかよ。まあどーでもいいや。しかし、俺はどうも、臭うけどな。今回の仕事は」

「いやなら手を引いたらいい」

「他のメンバーみたいに? あいつら、だれもこの仕事に入ってこなかったな。このまま2人で山分けなら、まあまあの実入りだな」

「やるのか、やらないのか、どっちだ?」

「やるよ。やるからここまできてるんだろ。なんだよこの森は。なんとか教団の聖地だか知らねえけど、しみったれてるな」

「その教団がクライアントなんだから、文句言うなよ」


 いよいよ待ち合わせの座標が近づいてきた。


 そこには、ゆったりとした白いローブ姿の小柄な女性がいた。


 ローブの胸元には、2つの円が組み合わさったシンボルが描かれていた。


 女性の肩にかかる長い髪の黒色が、森の中で霧に抗いうる唯一の明晰さのように思われた。


 女性は言った。


「輪神教会の葉仲です。お待ちしておりました」


 園川は言った。


「お待たせしました。ヘヴンズシャドウの者です。きょうは、となりの彼と警護の任につきます」

「かしこまりました。大変助かります。ちかごろ、本当に困っておりましたので……。わたしたちの集まりがなんども妨害されて。はじめは大声で呼び止められて……。やがて、人を集めて、暴力的になってきて……」

「大丈夫です。まかせてください」

「すみません、取り乱して。彼ら――妨害者たちは、巡礼路を襲ってきます」

「巡礼路?」

「はい。この先の、神域にいたる山道です。特に、視界がわるい場所などで……」


 そう言って、葉仲は森を歩きはじめた。


 やがて、木々に囲まれた山あいの道をゆく、白服の者たちの列が見えた。


 葉仲は言った。


「巡礼の者たちです」


 信者たちは吸い寄せられるように山道を進んでいた。


 そしてその先には、建造中と思われる巨大な石造りの建物が見えた。


 ギリシャ風の神殿のようだったが、まだ半ばほどしか造られていなかった。


 そのため、神殿の内部構造も見てとれた。


 神殿の中央部には、これもまた巨大な水晶の結晶ようなものが屹立していた。


 縦長にのびるその結晶は、人間の背丈の数倍はありそうだった。


 それに、警備のものが見えた。


 山道の途中や建物の周囲に、盾と槍を持った兵士が見えた。


 ヘヴン・クラウドの世界では過剰な戦争行為や戦闘行為を抑制するため、弾薬や大量破壊兵器の供給が限定的であるため、おのずと近接武器が多く使われるのだ。




 葉仲は神殿を指さして、


「いきましょう。あの神殿へ。……まだ、建造している途中ですが。儀式はおこなわれます」


 園川は葉仲に続いて、信者の間をぬって進んでいく。


 影も退屈そうについてくる。


 そのとき、園川はひとりの信者の男にぶつかってしまった。


 追い越そうとしたときに肩がぶつかったのだ。


 男は面長な印象だった。その男はよろめき、地に膝をついた。


 園川は手をさしのべ、


「すみません。大丈夫ですか?」


 男は無表情でうつむいていたが、やがて顔をあげ、何事もなかったかのように再び歩きだした。


「なにあいつ。しゃべらねえのかよ。AIか?」


 と、影は言った。


 葉仲はだまっていた。




 やがて、園川は神殿の正面までやってきた。


 そこから見える巨大な結晶は陽光をあびて輝いていた。その透明で硬質な質感は水晶のようだった。


 信者たちは神殿を囲むように広がる石畳のうえに集まり、じっとなにかを待っているようだ。


 兵士の数も多くなっていた。


 葉仲はそれらを越えて神殿に入っていく。


 園川もそれに続いた。


 内部から外に目を向けると、建造中のいびつな石壁が見え、その向こうに霧と森が広がっていた。


 まるで、人間の意思をもって、大自然の領土を切り取っているようだった。


 神殿の中では、多くの人々が石を積みあげたり、内装を整えようとしていた。


 いずれも白いローブ姿だったが、円をモチーフにした装飾が、外の人々よりもやや複雑になっているようだった。




「メンドクセーことしてやがんな」


 と、影が言った。


 園川はうなずいた。


 この『薄明の森』はパブリック・ヘヴンだが、パブリックにする前に、プライベート・ヘヴンのうちに先に作りこんでおけば、楽に建築や地形変更を行える。それなのにあとからこうして人手をかけて手を加えているのだ。よほど大きな方針変更や、事情があったのだろう。




 入り口から水晶塊に向けて白い絨毯がのび、その道を飾るように燭台がならんでいた。


 神殿の内部を進むに連れて、中央に浮かぶ水晶塊の巨大さがますますきわだつ。


 いよいよ水晶塊を見あげるところまできた。


 葉仲は背筋をのばして言った。


「この水晶は、プライムクリスタルと呼ばれています。わたしたちに、恵みと知恵を授けてくださるのです。外の方々も、このプライムクリスタルによる儀式によって、真の信者となるのです」


 そのとき、ひとりの信者らしき青年が駆けこんできた。


 葉仲は振り返り、


「なにごとですか?」


 青年は息を乱して言った。


「きました! 襲撃です!」

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