第14話
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アーカイブメッセージ #4
【未返信】
受信日時 20XX年9月8日 04:42
送信者 PinkRabbitChan
わたしはあなたをゆるさない。
絶対にゆるさない。
だれも帰ってこない。
わたしにはもうだれもいない。
あなたのせいで。
だからゆるさない。
絶対にゆるせない。
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薄明の森というヘヴンは園川にとって、ある時代の墓地だった。
乳白色の霧におおわれた、静かな雨をまとう、古い木のにおいのするあの森に、一連の記憶が沈められている。
霧は深い。
その森の最奥に、はじまりの物語があった。
園川の半生は不遇といってもさしつかえなかった。
園川の父親は、園川が高校一年生のときに亡くなった。事業でつくった6千2百万円の借金を遺して。
保険金などでの返済で残りはおよそ3千万円になったが、それが重く生活にのしかかった。
借金を返すために、母を助けるために、園川は高校をでてからすぐに働きはじめた。
地元の、事務機器を売るちいさな会社だった。
忙しい日々の中でも、高校時代からはまっていたプログラミングは止めなかった。なにかといえばコンピューターにかじりつき、インターネットに自分の居場所をもとめた。
園川が働きはじめて、希望がすり減りきるのに4年ほどがかかったが、ちょうどそのころ、園川はヘヴン・クラウドの魅力に気づいた。
23歳だった。
ヘヴン・クラウドに繰り返し潜る中で、金になりそうな話がちらほらと現れはじめた。
換金可能なオブジェクトの窃盗依頼。
仮想的な不倫行為の内偵。
アバターの本人特定。
競技的な構造のヘヴンの攻略支援。
ヘヴン内でのイベントの妨害。
ヘヴン中毒の人の説得。
こういった依頼が際限なくわいてきた。
またこのころ、ヘヴン内のオブジェクトに数値的な価値をもたせた、『闇の仮想通貨』の流通が社会問題化しつつもあった。
その仮想通貨は、公式の『HC=ヘヴンコイン』に対し、『dHC=ダークヘヴンコイン』と呼ばれた。
dHCは『ヘヴン・クラウド経済連合』という非公式な国際組織が生成するヘヴン内オブジェクトであり、発行元を信用することで成り立つ通貨だ。また、ヘヴン・クラウド特有の匿名性により、dHCは闇取引の決済や資金洗浄の用途で使われることもあった。
ただしdHCにはくせがあった。
かんたんに言えば、dHCは数字の書かれたコイン状のオブジェクトでしかない。
パブリック・ヘヴンのオブジェクトは、いずれかのパブリック・ヘヴンに置いておくか、破壊するしかないという仕様があり、dHCもまた、いずれかのパブリック・ヘヴンに保管しておかないといけない。
そのためdHCという通貨は、技術や知恵があれば、盗難することも不可能ではないのだ。
むろんパブリック・ヘヴンの中といえども警備はあった。
dHCをはじめ、値打ちのあるオブジェクトは警備や監視により手堅く護られているのが通例だ。
しかし、だからこそそれらの壁を越え、トレジャーを盗みだすことが一種の競技であり、伝説となりえた。
『blue_edge』
このIDのアバターは伝説のひとつだった。
ネイビーブルーの戦闘服と、同じ色の顔に巻かれたマスクが彼の代名詞だった。
人並み外れた敏捷性と判断力。それと、得意の得物である電磁ナイフを使い、あらゆるヘヴンの難局をくぐり抜ける天才。彼はそんな評判をほしいままにする存在だった。
園川にとって、そのアバターは生活をささえ、母を救うすべであり、誇りでもあった。
やがて同士が集まり、園川はヘヴンズシャドウというチームをまとめるようになった。
専用の暗号化されたチャンネルで仲間との連絡をとり、仕事をこなす日々を送った。
園川は義賊のつもりだった。
彼なりに正しいと思える仕事以外はやらなかった。
借金は順調に減り、母親の頬が丸みをおび、すべてがうまくいくように思われた。
あの『薄明の森』での終わりの日を迎えるまでは。
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