第12話

 園川はステージにいる法衣の女性のIDを見た。


 すると『circlegodchurch_reina』となっていた。reinaという文字が入っている……。とはいえはじめて見るIDであり、彼女が園川たちの探している『篠原玲奈』なのかはわからなかった。


 彼女のすぐ後ろには、以前も見かけた、巨躯のスーツ姿の男がいた。IDは『circlegodchurch_kurobe』と表示されている。彼こそが須崎が裏切り者だと言っていた黒部という男だろう。黒部は立方体のクリスタルデバイスを掲げている。



 ステージの周囲からはなんども歓声があがる。


「玲奈様!」

「こちらを向いてください!」

「祝福を!」


 すると、法衣の女性はゆっくりとした所作で右手を持ち上げ、人差し指と中指を立てて、さながら陰陽師の剣印のような形を作ると、「輪の神の導きを」と言いながら指先で胸前に円を描いた。


 落ち着いた力強い声だった。


 すると、黒部が前に出る。


 黒部が掲げるクリスタルデバイスが輝き、あたりが白光につつまれるやいなや、ステージを覆うように銀色の、半透明の男性の上体が現れる。


 荘厳なクラシック音楽が園川の脳と体に響いてくる。


 黒部は高らかに宣言した。


「いま、輪の神が顕現された!」


 その巨大な『神』はステージに重なって投影されており、人々はのけぞって見上げ、人によっては放心状態で圧倒されているようだった。


 歓声とどよめきは爆発し、信者も通りがかりの者も目をみはる。


「オーケー」


 と、松宮のあきれたような声が聞こえた。


「オーケー。まああれが、玲奈先輩だとしてさ。これじゃ近づけねえな。デモが終わって、帰るときを狙おうぜ。たぶん、離脱するとき、エントリーゾーンまで移動するんじゃねえかな」


 園川は、その松宮の冷静さに救われた気分がした。


 1時間ほどで公開説話は終わった。


 壇上の関係者たちは、玲奈を中心にかたまり、ステージをあとにする。


 エントリーゾーンまで歩き、そこから離脱するのだろう。


 彼らは歩きながらも沿道の人々に声をかけ、教えを説いてまわり、宣伝に余念がなかった。それは半ばパレードとも言うべき光景だった。


 そのとき、


「玲奈様ァ! ご祝福を!」


 と、パレードの中央に向かって走る青年がいた。


 青年は人の壁にはばまれながらも進み、なんとか玲奈の近くに至った様子だ。


 すると玲奈は足を止め、おそらく例の指先で円を描く仕草をやりながら、「輪の神の導きを」と言った。


 青年は歓喜の叫び声をあげて平伏した。


 それ以外にも、狂信的な者がちらほらと現れた。




 しばらくはつかず離れずパレードについていった園川たちは、少し人の隙間ができてきたあたりで玲奈に近づくことにした。


 3人で迫るのも目立つため、まずは園川が接触をはかることになった。園川は人垣を割って進み、いよいよ玲奈まで数歩の位置まできた。


 玲奈の白い法衣が陽光をふくみ、まぶしいほどに輝いている。それはまさに聖者か、神の使者に思われた。


 いや、大勢にとっては大主教かもしれないが、園川にとっては短い間でも世話になった先輩にほかならない。


 せめて、自分たちが救おうとしていることを伝えよう。


 そしてもし玲奈先輩にその気があれば、一緒に逃げよう。


 そう覚悟を決めて園川は歩みだした。


 玲奈が顔をあげた。その視線は常に遠くを見ているようだった。


「玲奈先輩……」


 園川は玲奈のかたわらに寄った。


 玲奈は迷い子をいたわるような憐憫の情をふくんだ目と声で、


「ひざまずいてください。あなたにも祝福を授けましょう」


 園川はおさえた声で、


「いや、僕です、園川です。会いにきたんです」


 すると、玲奈の静かな湖面のような瞳が、にわかに色を帯びはじめた。園川は続けて言った。


「先輩、無事でしたか?」


 すると玲奈は、


「そ、園川くん……?」


 と言うなり、頭をおさえ、苦悶の表情を浮かべてうずくまると、悲鳴をあげた。


 そこに黒部が駆けてきて声を張りあげる。


「なにごとですか!? ……それに、なんだオマエはッ!」


 さらに周囲の幹部や信者がざわめきたつ。


 そのとき、園川は後ろから腕をつかまれた。


 振り返ると魔法剣士――松宮の顔があった。


「やべぇ、逃げようぜ」

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