第9話

 玲奈が部屋を借りているアパートは、中野区の住宅地にあった。


 アパートの前は石畳が敷かれた広い並木道が延びており、暮らしやすそうな環境だった。


 そんな中、園川が愛野に続いて歩道に出たところ、急に中年の男に「篠原玲奈様の、お知り合いの方ですか?」などと話しかけられたのだ。


 愛野はよほど驚いたのか、肩を跳ねあげ、短い悲鳴を発した。


 男は白髪まじりの頭をさげて、


「あ、いや、失礼しました。驚かせるつもりは……」


 愛野は反撃とばかりに男をにらみつけ、


「な、なんやねん。いきなり!」


「本当にすみません。私は、須崎と申しまして、お嬢様……篠原玲奈様の関係者でして……。正確には、私は玲奈様のお父様――教団代表の篠原誠也様の部下で、以前は輪神教会という組織に入っておりました。玲奈様とは、お産まれになられたころからのご縁があります」


「ちょ、待ってぇな。多すぎやろ。情報量」

「申し訳ない。私としたことが。つまりですね……」

「ソノくん」


 と、愛野は振り返って助けを求めてきた。苦手なタイプなのだろう。


 園川は須崎と名乗った男のことをいぶかりながらも、玲奈の身を案じて、話を前に進めることにした。


「はじめまして。僕は園川と言います。篠原玲奈さんと同じ会社に勤めている者です」

「そうですか。やはり、ここで待っていれば、ご友人や会社の方と接触できると思っておりました」

「いろいろ、わからないことばかりですが。まず、玲奈先輩は、本当かわかりませんが、どうやらヘヴン・クラウドで活動する、輪神教会の代表的な立場になったいうのが、ネットなどで話題になっています。それが本当だとして、さらに、玲奈先輩のお父さんが、その組織の代表? にあたると」


「はい。およそあっております。そして問題が、誠也様が裏切りにあい、行方不明になったことです。どうやら黒部――組織の裏切り者が誠也様を拉致したようで。そのせいで、玲奈様は……あれほど黒部たちのやり方にお怒りになっていたというのに……。玲奈様は脅されて大主教の立場に据えられ、いわば操り人形のごとくになってしまったのです」


「やたらと複雑ですね。黒部、とは?」


「はい。黒部は代表……誠也様の部下として、私と同じく教主のひとりとして組織をまとめておりましたが、暴走しはじめ……。代表のやり方を否定し、しまいには代表を拉致してしまいました。輪神教会を私物化し、悪魔になりました。いや、その本性をあらわしたのです!」


「ちょっと待ってください。とにかく、まず僕たちは、玲奈先輩が気がかりなんです。いま、玲奈先輩はどこにいるんですか? アバターで活動しているのは、本人が操作しているんですか?」


「玲奈様は、どこにいらっしゃるかわかりません。歯がゆいことに……。ヘヴン・クラウドで活動しているのは、おそらくご本人です。以前から、代表がさらわれ、玲奈様は脅迫されていたのです。誠也様が体調を崩されたということにし、お嬢様を正式な後継者として大主教の地位に据え、すべてを操るというのが、黒部の魂胆です。代表は以前から、玲奈様へ地位を譲る旨を公表しておりました。IDを明示した電子署名付きの文書として」


「おそらく、大主教となる前は、玲奈先輩の姿や顔は出ていませんよね? 僕は、ヘヴン・クラウドに前から潜っていますが、見聞きしたことはなくて」


「はい。輪神教会の集まりに、玲奈様はいらっしゃったことはありません。……もっとも、黒部が催した公開説話に殴り込んだというのを聞きましたが。とにかく、お顔やお名前は出回っていなかったでしょう」


「なるほど……」


「私は、玲奈様と誠也様をお救いしたいのです。ぜひ、手を組めませんでしょうか?」

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