第7話

 園川が入社してからおよそ3ヶ月後の12月15日に忘年会が行われた。場所は会社の近くの小さな焼肉屋だ。ほとんど貸し切り状態になっている。


 充満する煙と喧騒の中で、社員たちは肩を寄せて語り合っていた。


「オマエのコードは読みにくいんだよ。マジで」


 と、松宮がタン塩の世話をしながら言った。メガネが脂でくもっている。


 園川はレモンサワーのジョッキを置いて答える。


「はあ、そうですかね」

「そうだって。まずよー、なんでもかんでも条件分岐をifにするなよ。switch使え。switchを」


 松宮の言っているのは、プログラム記述における条件分岐式のことだ。


 すると、別の話題に入っていた愛野が身を乗りだしてきた。


「なんや、ソノくんはPS派かいな? せや、Switchええよ、スプラとか」


 すると、松宮がタン塩を噛みながら言った。


「うるせーな。そういうことじゃねぇんだよ」

「え? Switch推しとちゃうの?」

「あーもう、愛野のせいで、話がメチャクチャだわ」


 と、松宮は2枚目のタン塩を網に載せる。


 そんな中、園川は離れた席で黙っている玲奈を見た。


「どした? 玲奈先輩のこと、気になるのか?」


 と、松宮が言った。


「いや、特に……」

「あの人、いまだに俺も深くは知らねぇんだよ。プライベートのこと、まったく話さねえし」

「ですよね」

「だろ? まあ仕事もできるし、文句ないけどよー。俺もいろいろ教えてもらってるし」


 一次会は21時に締まり、次は倉神社長の行きつけのバーに行くことになった。残った者は10人ほどだった。


 席はテーブル席2つを合わせた所をあてがわれた。


 となりには玲奈が座った。オレンジ色の照明に玲奈の横顔が照らされ、魔性めいて見えた。


 店内にはジャズが流れ、壁にはたくさんのジャズ奏者のポスターや、レコードジャケットが飾られていた。テナーサックスの黒く深いグルーヴが体に響いてくる。


 園川はウイスキーをロックで、玲奈はアルコールを薄くしたピーチフィズを注文した。


 社員たちは、営業陣を中心にますます騒ぎたてていたが、玲奈はめっきり黙っていた。


 23時をまわったころ、ついに解散となった。


 三次会に行く者、帰宅する者が散らばっていく中、園川は玲奈と同方向になった。


 人混みの中、駅に向って園川の隣を歩いていく。


 コート姿の玲奈は顔を赤くし、少しあやうい足どりで進んでいく。


 と、玲奈は段差に足をとられよろめいた。園川は素早く玲奈の肩をおさえ、


「平気ですか?」

「ん、あ、ありがと」


 玲奈は態勢を直し、またゆっくりと歩きだした。


「結構、酔ってますよね」

「そうかもね」

「珍しいですね」

「そうかもね」

「玲奈先輩」


 玲奈は足を止めて振り向いた。


「え、どうしたの?」

「……すみません。僕は、変なやつで。必ず、いつかすべてを説明します。だから、先輩のことも、いつか教えてください」


 玲奈は一瞬だったが悲しそうな顔をした。しかしそれすら幻だったかのように、再び歩きだした。


 駅の手前にきて、別れるときがきた。


 すると玲奈は立ち止まった。なぜか思い詰めたような表情だった。


「……あのさ、運命って、変えられるのかな」

「え? いや、どうでしょうか」

「なんでもない。ごめんね」


 そう言って、玲奈は地下鉄の階段を降りていった。


 それっきり玲奈は会社に来なくなった。


 その後、彼女が輪神教会のトップである大主教に就任したことは、園川もすぐに知ることになる。




 第1章 出会い、それから別れ おわり

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