第5話
14時すぎに会社の呼び鈴が鳴り、玲奈が入り口に向かった。
やがて玲奈が戻ってきて、園川は小さなミーティングルームに連れて行かれた。
そこにはひとりの男が待っていた。
14時からの約束に遅れてやってきたその男は、ひとことで言って優男といった印象。グレーのスーツを着て、並の体躯に癖っ毛が載っている。その男は人懐っこい笑顔で名刺を差しだしてきた。
警視庁 サイバー犯罪防止部
ネットコミュニティ安全課
警部補 岸中啓介
園川はそれを受け取ると、
「園川です。今日入社したばかりで、名刺はありませんが……」
岸中はうれしそうに言った。
「よろしく、園川くん!」
「はい……。こちらこそ、よろしくお願いします」
「まあまあ、固くならなくていいからさ」
と、岸中は脱いだジャケットを横の椅子の背にかける。
「今日は色々、仕事の説明とかを受けたの?」
「ええ。……まあそうですね。研修など」
「へえ! ってことはヘヴンに入ったり」
「はあ、まあそんなところで……」
「そっか。篠原さん、厳しかった? ヘヴン・クラウドは個人でもやってるの?」
そこで玲奈が割って入り、
「不必要な質問は控えてください。そんなことより、今日はどういうご用件ですか?」
岸中はあわてた様子で答えた。
「あ、ええと。今回はちょっと、教えてほしいことがあってね」
「なるほど……。わたしたちも、仕事があるので、手短にお願いします。なにしろ、うちはあくまで制作会社でして、調査機関などではありませんから。捜査協力とはいっても、できることに限りがあります」
「まあまあ、そう固いことは抜きで、ね?」
「だから、あのですねぇ」
と、玲奈は表情をこわばらせる。
「あー、とにかくそう怒らずに……。で、今回聞きたいことは、ある団体のことで」
「ある団体?」
「そう。輪神教会っていう」
「はあ」
「ヘヴンでは有名らしいから、聞いたことはあると思うけど」
「輪神教会……。そうですね、知ってます」
園川はその名を聞いて、先刻のヘヴンでのできごとを思い返した。輪神教会……。いまだにその名は園川をさらに深い過去に連れてゆく。
岸中は続けた。
「最近、やけに動きが活発でね。ヘヴン関連で輪神教会の噂とか、変わったこととか、聞いたりしない?」
園川は玲奈の反応を見守った。輪神教会の集会に文字通り斬り込んでいった彼女が、いったい何を言うのか。
やがて玲奈は、
「わかりません。特に変わった話は聞きませんね」
「はあ、そうかい。……ああ、それと、もうひとつね。男性の変死事件は知ってるかな? 家でヘッドマウントディスプレイを着けたままで亡くなっていた、ってやつ。ネットでも、ヘヴン・クラウドに関係あるんじゃないか、って騒がれてる」
「はい。知ってはいますが」
「そう、あれだっていま、輪神教会との繋がりの線を洗っていて……。いや、これはきみたちには言うべきじゃないか。とにかく、なにか、気づくことがあったら、なんでも教えてほしいな」
そのあとも岸中はいくつか質問をしてきたが、そのうちあきらめて帰っていった。
岸中をエレベーターまで見送ったあと、玲奈はふいに園川をにらんだ。
その視線には『わかっていると思うけど、よけいなことは言わないでね』という圧力があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます