第7-2話 中編

◇東京地方裁判所 905号室 第一回公判

検察側が冒頭陳述する。

検事は、脇田貞宗検事だ。

「被告人は、令和6年6/12午後8時ごろ、被害者源愛子さんを渋谷駅前ビル5Fの多目的トイレにつれこみ、わいせつな行為を行ったうえ、現金50万円を強取したものである」

恰幅の良い体から発せられる大きなハスキーボイスは、法廷によく響いた。

次に、検察側は電話記録を提示してきた。

「このように、午後8時ごろ、源愛子さんは母親の源恵さんに電話をかけています。この電話で、被告人は『電車が遅れて帰りが遅れる』と被害者にいわせ、わいせつな行為に及んだとされています。

この電話は、被告人がむりやりかけさせたものです」

確かに、午後8時ごろに母親に電話した電話履歴が残っている。

「弁護人からよろしいでしょうか?」

真琴は手を上げ、立ち上がる。

「この電話記録の一部黒塗りにされているのは、なんでしょうか?」

「プライバシー保護のためです」

「念のため、この電話記録の黒塗りされていないものを証拠開示請求をします」

「検察官、ご意見は?」

裁判長が聞くと、

「まぁ構いませんけど」

検察官は開示に応じた。

次に、被害者の母親である源恵さんの陳述に移った。

「うちの子はまじめなんですが、気弱なんです。それをいいことに今回このような下劣な犯行の被害にあい、誠に遺憾です。

50万円は予備校の講座代で渡したのですが、奪われてしまいました。

でも、お金の問題じゃないんです。どうして真面目に生きているこの子が、こんな目に合わなければならないのでしょうか?」

恵さんは、感情をこめて証言した。

傍聴席から、非難の目が被告人に向けられる。

その後、パーテーション越しに被害者の源愛子さんの尋問が行われた。

「源さん、今回の加害者の特徴はなんでしたか?」

「若い20代くらいの男で、黒髪をスポーツ刈りにしていました。すらっとしたやせ型でした」

それは、まさに佐々木さんに当てはまる要件だった。

佐々木さんは、やり場のない怒りと不安に襲われていた。


◇桐生法律事務所

数日すると、電話記録の開示請求が来た。

「電話の開示請求を見た。

すると、午後8:00に犯行が行われたのに、午後8:02、午後8:05にはもう他の人に電話しているね。

「犯行は2分だったってこと?」

「2分でわいせつして、強盗するのは早すぎでしょう…」

一応、この電話番号にかけてみようか。

真琴と珠希が電話をかけると、相手はどれも女子高生だった。

「もしもし桐生法律事務所の桐生真琴ですが…」

真琴が事情を説明すると、

「その時間、愛子に呼ばれて遊んだけど」

「その時間なら、愛子達と遊んでたけど…」

などという返事が皆から返ってきた。

すると、買ってあげた中古ノートパソコンを眺めていた紬希が

「あ!渋谷の駅ビル!YouTubeやティックトックで話題になっている!」

何かを見つけたようだ。



◇渋谷駅前ビル

真琴は早速、駅ビルに向かった。

前回来たときは、昼間だったのでいなかったのだが、夜になると多目的トイレに向かう一本道から、丁度イルミネーションが見えるようになっている。

イルミネーションは、12月10日~ずっとやっているようで、事件の日もイルミネーションは光っていた。

多数の女子高生がそこを背景に、動画を取っている。

早速、真琴は1人で、珠希と紬希がセットになって、女子高生に声をかけた。

「桐生法律事務所の弁護士の桐生といいます。

12/12の火曜日午後8時、この辺で動画を取っている人を知らないかな?」

「12/12…撮っているかな。あぁ!この動画とかどう?」

その動画は、午後7:45~8:00までだった。

「惜しい、午後8:00以降も欲しかった。でも、このデータコピーさせてもらってもいい?」

「いいっすけど、何に使うんすか?」

「無実の依頼人を救うために使うんですよ。どうかお願いします」

真琴が頭を下げると、

「マジで!うちらの動画、裁判で使われるの?ウケるwww

もうSNSで公開しているもんですから、いいっすよ」

女子高生たちは爆笑しながら、データを渡してくれた。

その後も、声をかけまくって、声をかけた女子高生のつてを辿って、その日の夜に午後7:30~午後8:30までのデータがそろった。


◇東京地方裁判所 第908号室 第2回公判

「弁護側、尋問をどうぞ」

源愛子さんを証言台に立たせ、質問する。

「弁護士の桐生真琴から質問します。

源さん、確認ですが『若い20代くらいの男で、スポーツ刈りの男で、すらっとしたやせ型』の男が多目的トイレに連れ込んで、わいせつな行為に及んだうえで、強盗に及んだ、間違いないですか?」

「間違いありません」

「男は犯行のあと、どうしましたか?」

「一目散に、トイレから逃げていきました」

「間違いありません」

「本当に間違いありませんね」

「本当に間違いありませんね?」

「間違いありません」

「異議あり! 弁護人は同じ質問を重複しています」

「弁護人意見を」

「今から表示する証拠に深くかかわる質問です」

「異議を棄却します。弁護人続けて」

「はい、ここで弁13号証の映像を提示します。

この映像は、犯行現場につながる唯一の道で動画撮影をしている方から提出いただきました」

珠希は映像を流す

「このように映像をすべて見たのですが、午後8:00以前に被告人は映っておりません。

ましてや、犯行後の午後8:00以降も逃げる被告人は映っていません」

「死角だってあるだろう」

検事が反論する。

「いえ、このイルミネーションを奇麗にすべて映すには、通路に死角のない角度が一番きれいに映ります。

また近接から撮った映像は、証拠から外してありますので、検察官・裁判所においても確認すれば一目瞭然だと思います。

「次に、証人尋問願います」

「証人は前へ 証人名前を」

「櫻井琴子です」

「弁護人から質問します。

あなたは、12/12午後8:02に被害者である源愛子さんから電話を受けていますね。

内容はなんだったのでしょうか?」

「渋谷の駅ビルにいるから、一緒に遊ばないか…って連絡でした。

自分も渋谷駅近くにいたので、合流して遊びました」

「そのとき、源愛子さんはなにか、『強盗の被害にあった』や『わいせつな行為をされた』などと言っていましたか?

また、愛子さんは所持金はありましたか?」

「特に、犯罪被害にあった話はしてないですね。所持金も、そのあと遊んだ時にちゃんと持っていたので、間違いありません」

「以上より、弁護人は本件犯行は被告人の犯行ではなかった、そもそも強盗・強制わいせつ事件は起きてなかったと主張します」

法廷は無罪で結審する… 真琴達3人も、傍聴人も検察官も裁判官も誰もがそう思っていた。

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