第6-3話 後編

◇東京地方裁判所 第1010号室

裁判が始まった。

紬希ちゃんと花代は、傍聴席で裁判を見守っている。

検察は、描いていたストーリー通りに立証を始める。

だが、こちらも負けてない。

特捜検事が鶴田の車と秘書の証言に触れれば、

「ここで、証人尋問をします」

鶴吉のおばちゃん(三ツ矢さん)を証人として呼び出した。

「証人、検察官は以上のように言ってますが、調書と違う所はありますか?」

「あります。私は、西ヶ谷さんの車も秘書も見たことがありません」

「では、なぜこのような調書が作られたのですか?」

「それは、見てないといっても検事さんが家に帰してくれないから、予想で言っただけです」

三ツ矢さんは、よどみなく証言してくれた。

「ここで、弁護人請求証拠第10号証を示します

被告人が普段乗っているアルファードの写真を提示します。

なお、被告人はこのアルファード以外の車を秘書と乗っていません。

以上のように検察側の調書には、事実と反した証言が記載されています」


次に弁護人側の証人尋問だ。

「証人 名前と職業を」

裁判官が問うと、

「鶴田平八 和菓子の鶴吉の代表取締役社長です」

「弁護人の桐生真琴から質問します

今回の事件で、菓子箱にお金を入れたのは誰ですか?」

「私です」

「それはだれの指示ですか?」

「東京中央銀行文京区支店の融資課長坂田さんに指示されました」

法廷がざわつく。

「それは、鶴田さんが勝手に言っているだけだろう」

傍聴席から、文京区支店長の貝塚ヤジが飛ぶ。

「傍聴人は静かに」

「裁判長、弁護側としては本件事実の確認のため、事前に申請していた通り、貝塚氏の証人尋問を要請します」

「検察官、いかかです」

「検察側としても異議はありません」

検察側もだいぶ焦っているが、まだ余裕が見える。

きっと貝塚と事前に否定のリハーサルをしているからだろう。

貝塚から証言が取れなければ、鶴田の証言も弁護側の絵空事になってしまう。

大銀行の東京中央銀行が、尻尾を残しているはずがないと

「では、証人前へ」

貝塚が証言台に立った。

「証人に質問します。

鶴田さんの発言したことは事実ですか?」

「全くの事実無根です。当銀行は何も法に触れることことはしておりません」

「本当ですか?」

「本当です」

「融資課長の坂田さんに指示したこともないと」

「あぁ、断じてない」

「なるほど。では、弁護人請求証拠11号証の音声を提示します」


◇数日前

鶴田は大衆酒場に坂田を呼び出した。

坂田は約束の時間を10分遅れて登場した。

そして、悪びれる様子もなくビールを注文する。

「坂田さん、約束の融資どうなっているんですか?」

「約束?なんのことだか?」

「とぼけないでくださいよ。西ヶ谷泰三の和菓子箱に100万ずつ詰めるように指示したのは、あなたじゃないですか?その見返りに融資をするって」

「あぁ確かにしたな。ちゃんと1回は融資したじゃないか」

「1回じゃ足りませんよ。

継続的に融資してくれるって言ったじゃないですか!

そもそも私が金を詰めたせいで、西ヶ谷泰三氏は失脚して、病床の身となってしまったではないか。あんたたちは、そうなることが分かって、今回の買収罪の冤罪をかけようとしたな」

「俺は何も知らないよ。支店長の指示に従ったまでだ。

大体、融資されないのはおたくの経営が杜撰だからだろ。

話はそれだけか?

俺は忙しいんだ。帰るぞ」

坂田がビールを飲み干し、立ち上がろうとしたとき、

「話は終わってない、俺じゃないけどな」

鶴田がそういうと

「最近の銀行員は馬鹿だな。隣にどんな客がいるかもわからないに、内部情報をベラベラ話すんだからなあ」

隣の席から、真琴と珠希と紬希の3人が立ち上がった。

真琴と珠希の胸には、弁護士バッチが光る。

「なんだお前ら?」

「西ヶ谷泰三さんの弁護人です」

「さあて、どういうことか説明してもらおうじゃないか」

真琴は大柄な体を坂田の横に置き、圧力をかける。

「なんのことだか?」

坂田は白を切るが、

「安心しろ、今の会話は全て録音されている。因みに、1人1台で4台だ

さあ、言い逃れはできないぞ

今回の冤罪は、支店長が仕組んだな?」

「…」

「どうなんだ!」

真琴は机を叩いて脅す。

「何も話さないなら、この音声を裁判で提出する。

我々としては、あなたが黒幕だろうが、貝塚支店長が黒幕だろうが裁判に勝てるからな。

しかし、あなたはきっとトカゲの尻尾きりで懲戒解雇だろうな」

「ま…待ってくれ!分かった、分かった!全部話す!

貝塚支店長の指示だ。

東金で西ヶ谷泰三が産業廃棄物処理場の反対運動をしているから、目障りだと指示を受けて、大谷常務経由で支店長から指示されてやった」

「すべては貝塚支店長が仕組んだな?」

「あぁ、俺はただ指示に従っただけだ。だから助けてくれよ」

「分かった!この音声を裁判で使う。

うまくいけば、懲戒解雇にならないように桐生法律事務所の企業法務部からサポートしてやる。

だが、支店長にばらして水の泡となったら、あなたは懲戒解雇まっしぐらだ」

「分かった!分かったから、勘弁してくれ」


◇東京地方裁判所1010号室

「坂田ぁぁぁぁぁぁ」

音声を聞いた貝塚は、怒り狂った。

「この音声の通り、今回の事件を仕組んだのは貝塚支店長で間違いありません

なお、追加証拠として弁12号証 貝塚支店長から坂田さんに渡された指示書を提示します。

以上より、弁護側は被告人西ヶ谷泰三さんの無罪を主張します!」

真琴は、言い終わるとどっかりと弁護人席に着いた。


裁判が終わると、裁判所の廊下を東京地検の井上哲郎検事正が重苦し顔をして歩いていた。

しかし、真琴と珠希を見ると、愛想笑いを浮かべ

「今回も一本取られましわ。いやぁ、お見事でした」

井上はへらへらとしている。

だが、真琴の顔は真剣だ。

「今回の事実は、もっと特捜部が捜査をきちんとしていれば、こんなに長い時間勾留や接見禁止などせずに分かったはずだ。

あんたらの杜撰な捜査のせいで、被告人の娘は被告人と残り僅かな時間を過ごせなかったんだぞ。

あんたらは、

真琴と珠希は井上を睨みつけ、「失礼」とだけ言って、去っていった。

去ったのち、井上も自分よりも30~40歳も年下の若手に言われ、いら立ちを隠せず、裁判所のゴミ箱を蹴り飛ばした。



その後、特捜検察は公訴を取り消した。

無事に西ヶ谷泰三は釈放となったが、病状が重いため警察病院に引き続き入院している。

釈放されて警察官の監視がなくなると、紬希ちゃんは泰三さんに抱き着いた。

「パパ、無実おめでとう!」

紬希は中学生らしく、大粒の涙を流して父親に甘えた。

「紬希、面倒かけて悪かった」

泰三さんも紬希の頭を撫で、愛おしい様子だ。

「本当はこんな病床の状態になる状態に、もっと色々場所に連れて行ってやりたかった。すまない」

「パパは何も悪くない、だから謝らないで!

それに私、やりたいことが決まったの

私、弁護士になりたい。弁護士になって、今回の私みたいな困っている人を救いたいんだ。

そのために、真琴師匠に色々教わりたいんだ」

「そうか、でも桐生先生はいいのかい?」

「はい、昨日珠希とも相談したんですけど、身寄りのない紬希さんと養子縁組を結びたいと思います。今回鶴吉の再建案を主に考えてくれたのは、紬希さんです。彼女の洞察力・発想力には、目を見張るものがあります。

どうか、我々におまかせください」

「そうか、じゃあもう悔いはないな…」

すると、泰三さんはバッグの中から、通帳とメモを出した。

「この金を養育費として使ってくれ。

どうか紬希をよろしく頼む」

真琴は泰三から通帳を受け取ると

「お任せください」

そう力強くうなづいた。


3日後、西ヶ谷泰三さんは50歳の生涯を終え、亡くなった。





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