第6-2話 中編

◇鶴吉

鶴吉に着くと、早速真琴と珠希は、店主を呼び出し、名刺を見せた。

紬希は後ろで様子を見ている。

「桐生法律事務所ねぇ…もう検察にすべて話した。弁護士さんに話すことはない。帰ってくれ」

店主の鶴田明宏は、歯牙にもかけなず、真琴達を追い払った。

「店主があれじゃあ、情報を集められないよ。どうする、まこちゃん」

「店主がだめなら、従業員に聞こう。検察も従業員から調書を取っているから、何かためになる話を聞けるかもしれないしね」

そういうと、真琴は工場裏の方の休憩スペースに向かった。

タイミングよく従業員のおばちゃんたちが休憩しており、声をかけた。

「桐生法律事務所ねぇ、んで二人は弁護士さんなのね。何が聞きたいんだい?」

おばちゃんたちは、好意的に話に乗ってくれた。

「まず、私からいいでしょうか?」

紬希はおずおずと手を上げる

「どうぞ」

真琴が促す。

「検察側の調書には、クラウン(セダン)で秘書を連れて、店に箱菓子の注文に来たって書いてあるんですけど…

これって、本当に見ました?」

「どうしてそこが気になるんだい?」

真琴が聞くと

「父は腰が悪く、公用車はアルファード(ミニバン)なんです。

なので、どうしてかなって?」

「なるほど、どうですかね?」

真琴が促すと

「そりゅあ、あたしたちクラウンできた政治家なんて見てないもの」

「見てない?」

珠希が不思議がる。

「もしかして、特捜部の検事に作文されましたね」

「そうなのよ!あたしたちは知らないって言っても、毎日毎日検察庁に呼び出されて、検事の満足するの答えが返せるまで、ずっと続いてね。

それで、政治家なら秘書を連れてクラウンかな、って言ったら正解みたいで帰してもらえたの」

「じゃあ、この写真の西ヶ谷泰三さんも、見たことは?」

「テレビでしかないね。プライベートにひっそりとなら見てないだけかもしれないけど、この鶴吉に秘書を連れて堂々と入ってくる政治家風に男は見なかったね」

「なるほど…そうなると、この調書の信ぴょう性も変わってくるね」

調書には、クラウンに乗って秘書を連れて西ヶ谷泰三氏が鶴吉に入り、店主に箱菓子の中にお金を入れるよう指示。現金もその時に渡す…と記されている。

だが、この調書の信ぴょう性がなくなった今、やはり怪しいのは店主だ。


◇桐生法律事務所

事務所に戻った3人は、鶴吉のことを調べ始めた。

協力は、いつもながら企業法務部だ。

西ヶ谷泰三に会う前に、花代から依頼をしていたのだが、もう調べ終わっていた。

報告書を受け取る際に、企業法務部長の早川が上機嫌なので、なぜかと聞いたら珠希のおかげで顧問契約する会社が増えたとのこと。

元々、大学3年で司法予備試験、大学4年で司法試験に受かるような才女なのだから、持ち前の勤勉さで勉強すれば、どこの部署でも通じると思っていたが、もう成果を上げるとは…僕の彼女の才能が怖い

「こうみると、鶴吉の財務状況はよくないね

鶴吉は高級和菓子店として一時期はもうかっていたけど、昨今の不況で和菓子に大金をかける人が減って、売り上げが落ちている」

「珠希先生、そうなると不思議なのがこの5月の銀行からの融資ですね

今まで取引のなかった大手銀行の東京中央銀行が急に融資を始めてます。

でもその後は、融資してもらえてませんね」

「企業法務の経験は少ないけど、この財務状況で融資するって何かあるかもね。

この融資、調べてみる価値がありそうだね」

珠希と紬希はお互いに資料を見渡しながら、意見交換をしていた。

その意見を聞いて、花代も賛同のようだ。

紬希はすっかり真琴や珠希、花代の間になじんでいた。



その後、4人はいったん方向を変えて、西ヶ谷泰三が狙われた原因を探り始めた。

ところが

「う~ん、文部科学省の政策で、気になるところはないね」

「良くも悪くも平凡だね」

確かに教育事業への力を入れてはいるが、それで誰かが困ることはなさそうだ。

むしろ、現職の教員の職場環境の向上が目指されているから、特に恨まれることもなさそうだ。

「あとは、選挙区の地元に行ってみるかぁ」

「そうだね、何か掴めるかもしれないしね」

3人はその夜荷物を作り、次の日西ヶ谷泰三の選挙区である千葉県東金市に向かった。


レンタカーのカローラにゆられること3時間、3人は千葉県東金市についた。

「紬希ちゃんも千葉県出身なんだ」

「はい、珠希さんと真琴さんも千葉県生まれと知って、びっくりしました」

「私は今は、父が東京で生活しているので、東京の学校に通っているんですが、千葉県ののどかな学校のほうが良かったかもしれないですね」

紬希が腕の傷を見ながら、落ち込む。

「お父さんの冤罪が晴れたら、また通えるようになるよ

大丈夫だよ」

珠希が必死に励ます。

「そうですね。今は冤罪を晴らすことを優先しましょう」

3人は、泰三の写真を町の人に見せながら、何か知らないかと聞いて回った。

すると、意外な情報が出ていた。

「産業廃棄物処理会社の反対運動?」

「あぁ、市でも意見が分かれていたんだよ。建設予定地の近くには、学校や保育園もあって建設によって、産業廃棄物の液体が漏れて、子どもたちに被害にあっちゃいけないと、地元議員の中でも反対派がいてね。逆に新規雇用が見込めるし、安全性は担保されていると賛成派もいたね。それでね、その反対派を仕切っていたのが、文科省大臣でもあった泰三さんだよ。国会議員の仕事もあるだろうに、よく地元に帰ってきては反対の声を上げていたよ

あの人はいい人だよ」

「それで、計画はどうなったんですか?」

「反対派を仕切っていた泰三さんが逮捕・起訴されてからは、下火になってついには計画は実行されることになってね。

今、建設中だよ」

「その会社、どこにありますか?」

「ここだよ」

おじさんは、親切にグーグルマップを開いて解説してくれた。

カローラで指示された場所に行くと、工事中と発注元の書かれた看板が見つかった。

「発注元は大岩産業株式会社かぁ。この大岩産業株式会社を、早速企業法務部に連絡して調べてもらおう!それから、取引先銀行も調べてくれ」

「分かった、すぐに電話するね」

珠希は、早速電話をかけ調べるよう依頼した。

真琴の中で、ある可能性の推理が浮かんでいた。


◇桐生法律事務所

調べを終え、カローラで東京に戻ると、早速企業法務部長と花代が資料を提出してくれた。

「大岩産業株式会社のメインバンクは、東京中央銀行だった。しかもこれを見てくれ」

早川は、あるグラフを指さした。

「この通り、例の東金の産業廃棄物処理場で東金支店は多額の融資を行っている。そこで、最優秀店舗賞までもらっている

あと、真琴君のいう通り鶴吉のある文京区支店の支店長と東金支店の支店長は同じ中央の大谷派の派閥だったよ」

「やはりそうか…」

「つまり先輩、鶴吉の主人は融資を餌に今回の犯行に加担させられていた可能性があるわけですね」

「それをどう証言されるか…」

「私に1つ案があるんですが…」

紬希が作戦を話す。

「それはいいかもしれない」

そこから4人は1晩かけて企業法務部と共同して、ある経営計画書を作り、融資してくれそうな銀行を探した。


◇鶴吉

次の日の朝、営業が始まる前の鶴吉に3人はやってきた。

「社長の鶴田さんいますか?」

工場の事務所を訪ねると、

「どのようなご用件でしょうか?」

と事務員が尋ねたので、

「融資の相談です」

と、名刺を出さずに嘘をつき鶴田を呼び出した。

案の定、鶴田は喜んでやってきたが、3人の顔を見ると

「嘘コケ!弁護士じゃないか!帰れ、帰れ!」

と、門前払いした。

「すみません、確かに身分を騙す真似はしましたが、融資の話は本当です。

融資してくれそうな銀行を見つけてきました。

話だけでも聞いてくれませんか?」

「融資をしてくれそうな銀行を見つけただと?

それが嘘だったら、訴えるからな!

それでもいいなら話を聞こう」

鶴田は弁護士相手に訴訟で脅すが、3人は全く動じなかった。


鶴田は社長室に3人を通すと、部屋のカギをかけ、3人と反対側のソファーに腰掛け、「融資の話を早くしてくれ」と焦っていた。

「落ち着いてください。

まずは、今回の西ヶ谷泰三氏の買収罪の件から話をさせてください。

あなたは西ヶ谷さんの注文した菓子箱に、西ヶ谷さんに黙って100万円を入れましたね。そうするように、東京中央銀行文京区支店の人間に指示されて」

「何をばかなことを…検察の調書にも書いてあるだろう…」

「えぇ書いてあります。西ヶ谷さんが秘書を連れて、クラウンでやってきてあなたに金を仕込むように指示したと

でも、従業員の皆さんに聞いても、秘書を連れた政治家が来たことがないと証言しています

それに、西ヶ谷さんの公用車はアルファードです。

あんだけ車の形が違うのに、間違うはずがありません。

これは、あなたが嘘をついている証拠です」

「ぐ…でも、私が何のために銀行のいうことを聞く必要がある?」

「それは、融資を受けるためですよね。失礼ながら、鶴吉のことは調べさせてもらいました。業績不振で、多くの融資を断られているみたいですね」

「く…そこまで分かっているのか。

そうだよ!融資を餌に金を仕込んださ。

でも、俺は証言しないぞ!東京中央銀行の融資だけが頼りなんだ」

「あの~でも、たぶんその約束は反故にされますよ」

珠希がおずおずと手を上げる。

「何?」

「この財務諸表を見た限り、正直何もしない今の状態で融資をすれば、焦げ付く可能性があって、どこもしたがらないと思います。

それは、東京中央銀行も一緒だと思います」

「じゃあ、どうすればいいんだよ!」

鶴田は、机をたたき怒鳴った。

「そこで、この事業計画再建案をご覧ください」

珠希は紙の束を鶴田に渡した。

「これは…」

鶴田は老眼鏡をかけて、じっくり読み始めた。

「この事業計画再建案は、弊社企業法務部と我々で考えたものです。これに乗るのでしたら、いままで融資をしてくれていた若葉銀行文京区支店が、融資してもいいと言っています」

「しかし…これは…」

「抵抗があるのもわかります。

私たちの再建案は、コストの削減と廉価版商品の販売ですからね。

高級志向の品は今まで通り手作りですが、廉価版の商品は機械化していただきます。そして、大衆菓子として多くのお客様に届くようにします。

さらに、和洋菓子という、和菓子と洋菓子のコラボも計画しています。

弊社の企業法務部の顧問先に、和洋菓子に興味を持っている洋菓子店があります。

聞いたこともあるでしょう、あの洋菓子の広山です」

珠希が表を交えながら説明する。

「これで、本当に融資が通るのか!うちの会社は助かるのか」

「えぇ、お疑いでしたら、この計画書をもって若葉銀行に行ってください。

融資担当者には、話を通してあります」

「分かった、この再建案を飲もう。今から若葉銀行に行ってくる

無事に融資が通ったら、証言すると約束しよう」

鶴田は計画書を片手に、銀行に向かった。


◇1時間後

満面の笑みで鶴田は帰ってきた。

どうやら無事に融資が決まったみたいだ。

「弁護士さんの言うとおりだったよ。これでうちの会社も首の皮1枚つながった」

「信じていただけて何よりです。

まぁ改革はこれからが大変だと思いますが、頑張ってください」

珠希が満面の笑みでエールを送る。

「さて、約束通り証言するのはいいが、銀行側は認めないだろうさ。

どうするつもりだい?」

「勿論、策はあります。それには、鶴田さんの協力が必要なんです」

「分かった!会社を救ってくれたお礼だ!やれることは何でもやろう」

こうして、証人鶴田の協力を得ることに成功した。


◇東京地検特捜部

特捜部では、鶴田と貝塚支店長の証人申請がされたことで、危機感を感じていた。

公判担当検事の関和昌は急いで、東京中央銀行の貝塚支店長に電話をした。

「弁護側が鶴田を証人申請してきました。おたくの銀行は大丈夫でしょうね?」

関が恐る恐る聞くと

「大丈夫です。この話は融資課長の坂田と私しか知りません。

坂田も私も口が堅いので、真相が知られることはありません。

ご安心ください」

貝塚は自信ありげに答えた。

「そうですか、こっちは特捜部が動いていますからね。万が一のことがあっては、困るのでよろしくお願いしますね」

関は、何度もお願いし電話を切った。

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