第3-2話 中編

大野さんにお礼を言い会社を出ると、駐車場で社員が大量のポリタンクを運んでいた。

「すみません、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう」

「ここの社員さんですか?」

「はい、事務員の中村陽子といいます」

「なるほど。中村さん、この大量の石油は何ですか?」

「あぁ、これは会社の暖房用の石油と、社員個人の石油ですよ」

「あぁ、それでポリタンクに名前のタグがつけられているんですね。

でも、なんで個人の分まで?」

「取引しているガソリンスタンドが、社長の友人の所でね。会社のと一緒に個人のも入れるとかなり割引してくれるのよ」

「なるほど! 相手のガソリンスタンドも大口顧客を得れるというわけですね」

「そういうことよ」

「ありがとうございました」

中村にお礼を言うと、真琴と珠希は会社の外に歩き出した。

「なるほど、1つ謎が解けたよ」

「謎?」

珠希が不思議そうに尋ねる。

「犯行に使われたポリタンクになぜ野間さんの指紋が付いていたか

簡単なことさ、きっと会社用か自分のポリタンクのタグを、野間さんのとすり替えたのさ」

「なるほど、そうすれば指紋のついたポリタンクが手に入るってわけだね」

珠希も納得の顔である。




◇丸橋邸

ヤマニシ建設をあとにして、真琴と珠希は丸橋邸にやってきた。

事前に連絡して、丸橋出版社長丸橋重蔵氏の家に、編集部長に来てもらった。

「いやぁ、今回の件は災難でしたわ」

重蔵が頭を撫でながら言った。

「今回の件、誠に残念です。早速なのですが、被害者である畑中光春について伺ってもいいですか?」

真琴が切り出すと、

「いやぁ、正義感あふれるライターでね、あまり芸能人個人を追い詰めるような、ゴシップ記事を好まなかったね」

編集部長の中田さんが答えた。

「正義感が強かったんですか?」

「あぁ、なんでも中学時代にイジメをしてしまい、弱者をイジメることに罪悪感を覚えたと反省していたよ。

だから、イジメのようなゴシップ記事は好まなかったさ」

「そうなんですね。では、どんな記事を書いていたんですか?」

「主に、巨悪だね。政治家とか大手企業とかのネタを扱っていたね」

「じゃあ、恨んでいる悪い人も多かったんですか?」

「そりゃ多いさ。でも、記者がそれに屈したら報道の自由はなくなってしまうからね」

「では、最近はどんな記事を書いていたんですか?」

「あ~それが私たちも知らないんだよ、中田君知ってかい?」

「いやぁ、分からないね。ただ、複数企業のかかわる大きなこととは言っていたね。スクープにしたときは、かなりの衝撃のあるネタだとは言っていた。

そのネタ元が殺され、さらには燃えてしまったのだから致し方ない」

「なるほど!そういうことか」

「あとすみません、金庫の番号ってメモを貼っていたりしましたか?」

「あぁ、殺された畑中君も机の下にメモを貼っていたね」

「なるほど!ありがとうございました」

真琴と珠希は、お礼を言って出て行った。


真琴と珠希は事務所に帰ると、これまでの情報をまとめた。

メモのノートを渡すと、花代が黒板にまとめてくれた。

「今回の犯行、もしかしたら金が目的でなく、畑中さんや丸橋出版の情報を燃やして消し去ることが目的だったのかもしれないな。

情報を探す最中に金庫のメモを見つけて、強盗に見せかけるためにあえて金を奪ったんだ」

「なるほど! 確かに、それなら200万円を車に残した理由が合点がいくね」

「あぁ、おそらく犯人は放火と殺人がメインで、それを偽装するためにお金を盗んで強盗殺人に見せかけたのだろう」

「問題は、畑中さんがどんな情報を掴んでいたかだね」

「ここからは企業法務部に依頼した方が早そうだ

早速、秀次郎さんに依頼してみよう」

真琴と珠希は、もう午後8時だし、たぶんいないだろうと思いつつもマネージングパートナー室に向かった。

すると、夕飯を食べながら雑誌を読んでいた。

「失礼します。秀次郎さんまだいらっしゃったのですね」

「あぁ、そろそろ今回の事件の大筋が見えてきたかと思って、報告を待っていたんだよ。私も、冤罪事件が逆転する爽快感を味わいたくてね」

「分かりました。では、現在の所を説明します」

真琴と珠希は、今まで分かった事実と推理を伝えた。

「なるほど…そういうことか

分かった、早速明日私から、企業法務部に依頼しよう

今日の所は家に帰って寝たらどうだ?」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

真琴と珠希は、お礼を言って部屋を出た。

「相変わらず、面白いな彼らは」

秀次郎は、クスリと笑い荷物をまとめて帰る準備をした。


次の日

午前中にまた刑事訴訟法の講義を終えた真琴は、事務所に向かった。

普段は電車を使っていたのだが、最近は冤罪対策室での仕事もあって、タクシー代が余裕で払える懐事情になった。

事務所に着くと、冤罪対策室には誰もおらず、席に座って静かに待っていた。

待ちながら検察の調書や警察から上がってきた紙をめくっていると、ふと気になる疑問がわいた。

そういえば、野間さんは右手の指を骨折しているのに、よく犯行が行えたと疑問に思ったのだ。

調書を読み進めていくと、野間さんは左利きらしい。

なるほど、左利きならば最悪片手で行えるというわけだな。

そして、ポリタンクのことも書いてあった。

1階から入る際と10階で運ぶ際に台車を使っていた。

台車であれば、2つのポリタンクのうち1つ1つ運べば片手でもできるだろう。

だが、ある写真が台車が使えないことを示していた。

「そうか!これなら、野間さんの無実が証明できるかもしれない」

すると、ドタドタと足音をさせて、珠希がやってきた。

「分かったよ! 畑中さんが追っていた記事が」

珠希から紙面を受け取り、読むと真犯人につながるきっかけも見えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る