第2‐4話 後編

◇事件現場(本田家)

現場に入ると、まるでオカルトのように体が重くなる。

未だに残るかすかな血なまぐさい臭いが、吐き気すら催す。

「珠希、辛かったらすぐに言ってくれ。」

「大丈夫! まこちゃんが隣にいてくれば、私は強くなれる!」

珠希は、むん!と意気込む。

「今回の事件、捜査方針は確か『殺人』。物は盗られていないというですよね?」

「うん、物は荒らされておらず、珠希さんにも確認しましたが、特に物は盗られてなかった」

「珠希は気になるところないか? どんな些細なことでもいいぞ。」

「う~ん、すぐには思いつかない。ちょっと見渡してみるね」

珠希は、それから家中を見て回った、トイレ、風呂、リビング、至ることころを見て回った。

正直、珠希にとっては苦痛の時間だろう。父親と過ごした時間が頭の中に思い起こされる。だが、珠希は懸命にこらえて、事実を見つけるために奔走する。自分が支えになってあげなければという使命感を感じる。

「う~ん、やっぱり大きく気になる点はないかな」

「そうか…」

「ただ、1つ気にかかると言えば…」

「何かあるのか!?」

「いや、本当にくだらない事だけど…薬箱が押し入れの下に置かれているんだよね」

「薬箱? 詳しく教えてくれ」

「お父さん、腰や肩を痛めやすくて、塗り薬を立ってとれるように、押し入れの上に置いているけど、下なんだよね。」

「それはいつから?」

「えっと、事件の一週間前くらいかな?」

「その当時、何か変わったことは?」

「え…と、あ!そういえば、閉めたはずの鍵が開いていたね。かけ忘れたかな?って、気にしていなかったんだけど」

いや、几帳面は珠希パパや珠希が、鍵を閉め忘れるなんて滅多にない。

「押し入れ…鍵…」

このもどかしい感じ、あと少しで、パズルのピースが揃いそうだ。

「珠希、事件前に取った押し入れの様子の分かる写真ってないか?」

「あるよ。この写真なんかどうかな?」

珠希はスマホで、押し入れの前で撮った珠希パパと珠希の写真を見せた。二人ともいい顔をしている。

一見何の変哲もない写真だが、そこにはあるものが映っていた。知識がない自分の仮説だが、確かめてみる必要性はある。

待てよ…まさか…

「なぁ珠希、この写真、インターネットに載せたか?」

「うん、中学卒業記念に、お父さんがSNSに載せたね。でも、鍵アカだし関係ない…はず…まさか…!?」

「あぁ、その線が怪しい。父さん、これについて、調べてもらっていい?

もし僕の仮説が当たっていたら、警察と検察は凶悪犯を野に放ったままになっている」

「分かった! すぐに調べる。」


◇桐生法律事務所

夜更け、高校生はもう寝る時間だが、僕と珠希と父はある人を待った。

先ほど、父から連絡を受けた。どうやら推理は当たっていたようだ。

この事件、理不尽な動機で珠希パパは殺され、犯人はこれ以降も犯行を重ねる可能性が高い。

今回の犯人は…上條正一だ。

「上條さん、こんな夜更けに申し訳ない。来てくれたことに感謝する。」

「いえ、私も親友のことが心配で、最近寝れていないので、丁度良かったですよ」

上條は、ヘラヘラと笑う。

「早速だが上條さん、この小さな壺をご存じかな?」

「この壺ですか? し…知りませんね」

上條は動揺を少し見せた。

「知らないはずはないでしょう? この壺は、貴方が美術商に高値で買い取ってもらった壺なのですから」

「あ…あ! 思い出しました。そういえば、この壺売りました! でも、この壺は、自分のですよ」

「それはおかしいね。この写真に同じものが写っている。この壺は、贋作を禁じられた作品かつ、作者は同じものを作らないという、正真正銘の一点ものなのに、同じ模様の壺が写っているのはおかしいんじゃないか?」

「う!? そうですか…

そうです。私が盗みました。

でも、空き巣としてとっただけで、今回の殺人事件には関係ないですよ」

上條が白々しい弁明をする。

だが、一部のピースがハマった。

「ピッキングができるのか?」

「えぇ、多少ならできますよ。だから、空き巣で壺を狙ったんですよ。」

つまり、鍵が開いていたあの日は、上條がピッキングをして侵入したから。そして、薬箱の位置が変わっていたのは、壺を探すのにどかして、誤った位置に戻してしまったからだろう。

恐らく侵入したその日は、珠希か本田警部の帰宅に重なって、場所だけ確認し逃亡したのだろう。

そして、その壺は珠希にとっても捜査した刑事にとっても、透明人間みたいなもので、価値を知らなかったからこそ、透明としてないものとして扱われたのだろう。上條の狙いは、この実は高価で売れる壺だったのだ。

案の定、本田警部と珠希の写った写真は、不特定多数の壺コレクターによって、拡散されていた。

そこで、上條は目を付けたのだろう。

「空き巣で関係ないと?

それは嘘だな。DNA鑑定をしたら、例の荒木君の血塗られた作業服から、また靴から、あなたのDNAが検出された。

更に、寮のごみ箱からあなたのDNAのついた使い捨て手袋が出てきた。被害者の血液のびっちりついたね。」

寮のごみ箱あさりは、大変だった。多くのごみ箱やごみ袋をすべて開け、1つ1つ丁寧に見ていった。父をはじめとする、刑事弁護ルームの皆さんも協力してくれた。

トイレに流した可能性や、燃やした可能性もあり不安だったが、根気強く探してよかった。

「さて、まだ弁明するかい?」

「…」

「今までの話まとめるとこうだ、君は本田警部がSNSにあげた壺を高価な壺であると確信して、君の借金の穴埋めにために奪おうとした。最初は、窃盗の故意だったんだろう。でも万が一のために、罪を着せるため荒木君の包丁と作業着を盗んだ。部屋が空いていることを知っていた君なら、容易いことだったろう。ましてや、睡眠薬で荒木君を眠られているのだから。」

「そうさ、あいつが過去に本田警部に逮捕されているのを知っていたから、万が一の際濡れ衣を被ってくれると思ったのさ」

「そして恐らく、君は窃盗に入った際、この珠希君に見つかり、脅す、または殺害しようと思い、包丁を振るった。だが、本田警部が庇い、本田警部は致命傷を負った。」

「あぁ、それでも暴れるし目撃されたから、頸動脈を切ってやったさ。確実に死ぬように、たくさん刺したぜ。」

「その後、その娘に手をかけた?」

「あぁ、せっかく俺好みの女子学生がいたから、万が一捕まっても後悔しないようにボコって脅して遊んだのさ。本当は、本番もしたかったんだが、誰かが入ってきてしまって、おじゃんになったがな…」

「外道が…なぜこんなことをした?」

「世の中が理不尽だからさ」

「なに⁉」

「僕は学生時代を犠牲にしてまで、勉強を一生懸命に頑張り、女性とも遊ばず、政和大学経済学部に入ったエリートなのに、就活ではさんざん企業に切られた。やっと入った三井製作所は、元犯罪者でも入れるつまらない会社だった。そんなつまらない会社でも、荒木は楽しそうに働いていやがった。自分はこんなに苦しいのに、あいつは楽しそうだった。せめてものうっぷん晴らしにやっていたギャンブルでは大損こいて、債権回収業者に怯える日々を送るようになった。

勿論、女も誰も寄ってこないから、欲が溜まる一方でな。

そんなある日、インターネット上で高値の壺の情報が入った。頭悪そうな警官とその娘の写った写真で、すぐに僕は特定作業に入った。そして、実行した。だが、娘に見つかり殺そうと思った矢先に、父親が出てきてしまった。だから、殺した。」

「おまえ、それがどれだけの重罪か分かっているのか?」

「知らないね。でも、僕も理不尽な目にあっているんだ。他の誰が理不尽な目に会おうが、僕には関係がない。

それにいいじゃないか、あの父親は警官として、娘の命を護って名誉の殉職したんだから」

「てめぇ…」

僕も珠希も、殴りかかりそうになった。

もう耐えきれない、こんなくそ野郎のせいで、珠希は心に深い傷を負ったんだ!

ぶっ〇してやる!!

僕も珠希も限界を超えそうな、その時だった!

「この大バカ野郎が!!

何が理不尽だ⁉

お前には、うまいものを食べる、仲間や家族と笑って過ごせる、幸せな明日を迎えられる権利があったじゃねぇか。

殺された本田警部は、もうそれが叶わないんだぞ!

本田警部だけじゃない、お前は娘さんの、お父さんと過ごすはずだった当たり前の幸せだって奪い取ったんだ!

てめぇのくっだらねぇ、ちっぽけな理不尽と一緒にするんじゃねぇ!

お前の罪は、窃盗罪でも殺人罪でもない、

強盗殺人で告訴する!」

父は席から立ちあがり、前のめりで叫んだ。

それは、温厚な父の珍しい心からの怒りの叫びだった。



「ありがとう、真琴、珠希さん。おかげで真相にたどり着けたよ」

父さんは、優しい顔でほめた。

「そして、珠希さん、すまない。もちろん今回の事件、検察は残虐性を考慮して死刑を求刑するかもしれないが、知っての通り、1人殺害の強盗殺人罪では、無期懲役が限界かもしれない」

珠希さんの父親を殺された、また傷害の心の傷は、なかなか癒えないかもしれない。

被害者遺族しては、不満は残ってしまうかもしれない

法曹の代表者として、深くお詫びするとともに、ご冥福をお祈りいたします」

父さんは椅子から立ち上がり、深々とした礼をした。

「おじさん、いいんですよ。私は、事実が分かっただけでも救われました。本当にありがとうございました。

それに私には、私を救うために、探偵にもなってくれる、素敵な幼馴染がいますから」

「そうか、君たちは強いな」

「私、やってみたいことができた。もっともっと法律を学びたい。多くの人にたった1つの事実を、伝えてあげたい。

そして、私みたいな被害者や、冤罪被害者を、少しでも救ってあげたい。

そしていずれは…

おじさんと同じ政和大学の法学部に進学して、弁護士になりたい!

そして、立場は違えどパパみたいに、弁護士として色々な人の力になりたい。」

「そうか、珠希らしいな」

「何他人事みたいに言っているの?

まこちゃんも一緒だよ?」

「え⁉」

「私の力になってくれるんでしょ?」

珠希が期待の目で、顔を近づける。

「ぐ…そんな可愛い顔を近づけるな。

分かった、分かったよ!

珠希の願いの力になれるなら、僕も協力しよう」

「やったぁ」

そう喜ぶ彼女は、もうあの絶望の世界にいたころとは、比べ物にならないほど魅力的だった。

君の力になれるなら、僕は探偵にでも、弁護士にもなってやる!

こうして勉強の好きでなかった自分は、珠希の笑顔をきっかけに刑事訴訟法の世界に、しいては弁護士の世界に身を置くことになる。

父を見送り、桐生法律事務所の外に出ると、もう夜が明けていた。

明けない夜はない。

太陽がまた昇っていく。

Rising sun 


そして、午前9時柏木警察署

荒木家総出で、克也の釈放を待ち望んだ。

兄を救ってくれた真琴君と珠希ちゃんも一緒だ。

そして、無事に克也が釈放された。

兄が出てくるとともに、母と私は抱き着いた。

父も少し遅れて、抱き着いた。

「おかえり、おにいちゃん」

「「お帰り克也」」

「おう、ただいま!」

「真琴さん。珠希さん、本当にありがとうございました」

4人は。お礼を言う。

事件はこうして解決していった。


◇10年後

真琴と珠希と、本田家の墓の前に立っていた。

「お父さん、私ね弁護士になって、冤罪対策室に入ったの。

これからまこちゃんと、あのころの私と同じように苦しんでいる被害者や、冤罪被害者を救っていくよ。

お父さんとは立場は違うけど、事実を追い求めるよ。

『たった1つの事実を暴き出すことこそ、刑事の務め』だもんね

私は弁護士だから、弁護士の務めだね!

天国から見ててね!」

真琴と珠希は線香を添え、本田家の墓の前で手を合わせた。



このドラマはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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