第2-3話 中編2

警察内では、担当刑事の井出は、正直戸惑っていた。

自分の世話になった兄貴が殺されたのだが、冤罪を訴えている。

警察組織内でも、本筋は荒木と決めて、捜査指針を立てている。井出はあえて自分で志願した。

それは、世話になった兄貴の形見である珠希のためだった。

本田と出会ったのは、5年前井出が大学生として、カリフォルニア州に留学していた時だった。井出は、見た目や体格から頭の軽いチャラ男に見られるが、上智大学外国語学部英語学科に在籍する、所謂エリートだ。井出自身は、勉強がそつなくでき、英語が好きなだけで入ったので、そこまでエリートだと思っていない。むしろ、将来に確たる希望もない、中途半端な学生だった。

そんな彼を変えたのは、留学先の学生と駄弁っていたファミレスでの事件だった。

いつも通りくだらない雑談をしていると、突然ライフルを持った男が店に入り、威嚇で天井に向けて発砲してきた。

阿鼻叫喚する店内、恐怖からの悲鳴で店は混乱に陥った。

「手を挙げろ、大人しくしろ、さもないと撃ち殺すぞ!」

男は震える声で、叫んだ。

※犯人は英語を話しています。

多くの客が恐怖で怯える中、ある男性が声をかけてきた。

「君日本人かい? 君は英語が流暢に話せるみたいだね。俺に力を貸してくれない?」

「力を貸す、何をするつもりなんだ?」

「なぁに、俺の話すことを翻訳してくれればいい。

俺があの男性と交渉する。

まずは犯人を落ち着かせて、店内のパニックを収めなければ」

「おっさん、一体何者?」

「本田大翔。なぁに、ただの日本のしがない刑事さ。

悪いな、俺には学がなくてよ。間違った英語で、交渉が決裂すると市民の命にかかわるからな。」

「分かった。」

※『』(二重鍵括弧は、本田の日本語を、井出が英語に翻訳)

『まぁ落ち着け、少年』

「なんだおっさん?」

『俺は日本の刑事だ。君と話し合いがしたい』

「何、刑事だと? 貴様、俺を捕まえる気だな。そんなそぶりを見せてみろ、人質を殺してやる」

『待て、私は君と話がしたいだけだ。

だから、飛び道具は不要だ』

本田は、胸の携えていた拳銃をポイっと捨てる。

『私は争いごとは嫌いだ。ここは裸になって話し合おう』

「何!?」

すると本田は、おもむろに服を脱ぎだした。

「おっと、パンツまで脱いだら、レディーに失礼だな」

本田はパンツ一丁の裸で、犯人の前に立った。

『さぁ君もそんな物騒なものは捨てて、裸のピュアな心で話あおうじゃないか。君は先ほどから、ロケットを強く握りしめている。人の命を奪うのが目的でなく、誰か大切な人のための犯行じゃないのか?

万が一銃で誰かが傷ついたら、FBIの特殊部隊がなだれ込んできてしまって、君の話を聞けなくなってしまう。』

「銃を置いたら、それこそFBIの連中がなだれ込んでくるんじゃないのか?」

『分かった、私からFBIに一言入れよう。』

すると本田は、おもむろにスマホを出し、FBI関係者に連絡した。

「本田だ。悪いが、マル被と話がしたい。しばらく、突入を待ってくれないか」

本田はたどたどしい英語で伝えると、窓から見える外のFBIが一歩下がった位置で見守る体制になった。

『よし、FBIには連絡した。突入してくることはない。じっくり君の話を聞こうじゃないか。』

本田は、パンツ一丁の姿であぐらをかき座った。

「FBIが下がった!? あんた一体?」

「だから言っているだろう。しがない刑事だって。

さあ君の話を聞かせてくれ」

本田は笑顔で、尋ねた。

すると男は、ライフルを置き、地面に座り込んだ。

すると、店内に安堵の空気が流れた。

そこから男は、語り始めた。

このファミレスの会社に勤めていた恋人が、過労やパワハラで自殺してしまったこと。だが、会社はその事実を隠蔽しようとしている。だから、この事実を公にし、金を奪ってせめて彼女の遺影をもって、彼女との思い出の場所を巡りたいということ。

男は涙ながらに語った。本田は、それを丁寧な相槌を入れながら、涙を流しながら、聞いていた。

『そうか、君も辛かったんだな。

分かった、FBIに交渉して生中継させよう。その代わりに、話が終わったら、人質を解放してくれ。』

「本当にできるのか?」

『あぁ、約束する。だから、君も約束を守ってくれ。』

「分かったよ、刑事さん」

本田はすぐにFBI関係者に連絡を取り、カメラマンを集めせた。

男はテレビの前で、彼女の無念を晴らした。

そして話し終わると、男は腕を出し、FBIに逮捕してくれと向かった。

人質は解放され、無事に解決した。

「少年、ありがとう。お疲れ様だったな。」

本田は井出をねぎらった。

「いや、おっさん。早く服着ろよ。

さっきから、カメラで撮られているぞ。」

「はは、そうだな。これは失敬した。」

「しかし、おっさん凄いな。裸になってまで、交渉で事件を解決するなんて。」

「おう、ありがとうな。立て籠もりというと、特殊部隊の突入が目立つが、本当は交渉で解決できるのが一番なんだ。

そうすれば、誰も傷つかずに済む。

刑事は、事件の裏まで調べて、事件を解決しなければならないんだ。」

「そうなのか」

「それにな、警察官にとって一番恥ずかしいのは、護れたはずの命や人生を護れないことだ。それを護るためなら、俺はくだらないプライドを捨てて裸になってでも、職務を全うしたいんだ。」

「おっさん…

俺も…俺も警察官になりたい。

なれるかな?」

「おう、大歓迎だ。君の英語力は、外事警察でも国際捜査でも、警備にも役に立つ。是非、警察に来てくれ。

特に千葉県警はおすすめだぞ。」


井出は、やりたいことが見つかった。

その後井出は、警察官大卒試験を受け合格し、本田ともとで働きたいと志願した。

そして、何より驚いたのは、本田は国家一種(国家総合職)も受かっていたのに警察庁を落ちたから、次の年に千葉県警を大卒一般で受けなおした変わり者だということ。なんでも、幼馴染と千葉で過ごし、千葉で結婚したからから、ゆかりの地で千葉県警に就職したらしい。そして、さらに驚きなのは、学歴は慶應義塾大学法学部法律学科卒のエリートだということ。

どこが、学がないだよ…エリートじゃないか。

だが、自分のプライドを蹴ってでも、市民の安全を優先した本田は、ますます井出にとって魅力だった

全く、慶應ボーイが全裸で交渉とは…福沢諭吉先生も苦笑いだろう。

そこから井出は、本田の下で必死に学んだ。刑事とはどうあるべきか、警官は何を大事にすべきかを。そんな井出の人生を変えてくれたヒーローが偶に言っていた、

「たった1つの事実を暴き出すことこそ、刑事の務めだ」


◇三井製作所 

クラウンは、三井製作所についた。

三井製作所、荒木の勤めている会社で、その近くに荒木の住んでいる寮がある。

「早速ですが、荒木の部屋を見てもいいですか?」

「荒木の部屋だね!こっちだ」

父に案内され、寮の中に入り、廊下を進み荒木の部屋に向かう。

すると、寮の中でカギを開けっ放しの部屋が、ちらちらあり目立つ。

「ここの寮の皆さんは、カギを開けっ放しにすることが多いんですか?」

「えぇ、貴重品は持ち歩くので、開けっ放しの人もいるみたいだな」

「荒木さんの部屋も、そうだったんでしょうか?」

「えっと…そうだな。荒木も開けっ放しが多かったみたいだね」

なるほど…そうなると、証拠の意味が変わってくるぞ…


部屋に入ると、そこは汚部屋だった。

「人のこと言えないけど、これはまた過激なお部屋で…」

ADHDの真琴からしても、そこは汚かった。

真琴でも流石に汚いという感覚はある。だが、部屋の掃除の仕方が分からず、混乱するから、部屋は汚いが、流石にここまでごみは貯めない。

「血の付いた包丁は、どこから見つかったんですか?」

「うん、あの毛布の山の中にあったね」

「包丁を毛布の山の中ねぇ…」

「警察は、証拠品をとりあえず入口近いこの服の山の中に隠したと睨んでいます。あと、血塗られた作業服もこの山の中だな」

なるほど…ますます、怪しくなってきたな。

真琴はゴミの山、もとい部屋の山を捜索する。

それに、あと少しでピースがそろっていく。

「父さん、事件当時のこの近辺の目撃証言を些細なことでもいいので、教えてもらえませんか」

「うん、えっとその日は…次の日に大きな仕事があるので、早めに寝た社員が多いようだね。あとは、寮長がお休みで、人気が少なかった。

そういえば、近くで火事があって消防車がうるさかったという話もあるね。そのくらいですかね…どれも、事件には関係なさそうですけど…」

「…睡眠薬」

「え?」

「やっぱりそうか。僕も珠希と同じ意見だ。荒木さんは、途中起きることもないくらい、ぐっすり眠っていたと言っていた。消防車のうるさいサイレンが鳴っていたのにも、関わらず…だ。おそらく、荒木さんは、睡眠薬で眠らされていた可能性が高い。」

「でも、気づかれないように睡眠薬を飲ますなんて、難しくないか?

名探偵コ〇ンじゃないけど、気絶させて飲ませたんすかね?」

「…これ、荒木さんの薬ケース。掃除は苦手だったみたいだけど、薬の管理はしっかりいたみたいです」

珠希が水道近くの薬ケースを持ってくる。

「やはり、ケースで管理していたか。」

「薬ケース!?」

「確かに、一般人に薬を無理やり飲ますのは、難しい。だけど、常備薬に混ぜてケースに入れておけば、誤って飲んでしまう可能性は非常に高い」

「でも、何のために眠られたのか?」

「ここで、部屋の鍵を開けっ放しのピースがハマる。眠っている荒木さんを確認したのち、犯人は荒木さんの部屋に入り込み、靴・包丁・作業着を盗んで犯行に及んだ。何より、その日ならみんな寝ていたり、寮長もいなかったり、目撃証言も出ない可能性があるしね。」

「じゃあ、一体だれが真犯人なんだ?」

「それはまだ分かりません。だけど、三井製作所の身近な人間である可能性は高いっすね。ここまで荒木さんや寮の情報を知り尽くしているのですから…」

「…あとは、動機かな?」

「そうだね、動機から新しく見えるものがあるかもしれない。あとは、三井製作所の身近な人間の身辺調査をすれば、浮かび上がるものがあるかもしれないな。」

「分かった!身辺調査の聞き込み、開始しよう」


まず、最初に訪れたのは、隣室の男性だ。

丁度仕事中終わりで、工場に放送をかけてもらい、各部屋で話を聞くことになった。

隣室の男性、牧野真一の部屋は、綺麗に片付いていた。

後ろに並ぶプラモデルから、戦闘機や軍艦が好きなことがわかる

「いやぁ、自分も驚きでしたよ。まさか、荒木君が殺人を犯すなんて」

「意外? 彼は、素行がよかったのですか?」

「うん、かなり良かったね。元ヤンって聞いていたから、どんな過激な方かと思ったけど、話してみると凄く話しやすい穏やかな方だったよ」

「そうですか。事件当時、何かに気になることはありませんでしたか?」

「う~ん、ないなぁ。

その時間は、もう寝てしまっていたからね」

「次の日の朝、眠そうにしている社員等はいませんでしたか?」

「う~ん、特に思い当たらないけど、そういえば少し忙しかった気がする」

「そうですか…」

牧野の部屋には、旅行雑誌が数多く置いてあった。

「旅行好きなんですか?」

父が雑談を挟む。緊張をほぐすため、または情報収取なのだろう。

「はい、電車が好きでよく電車旅に出かけます。」

「行先はやっぱり、自衛隊基地とかですか?」

「そうですね。メインは自衛隊関連基地が多いですね。でも、自然も好きなので、海や山にも行きますよ。」

「そうなんすね。すみません、本題に戻りましょうか、

荒木や周りの人間について他に気になることはありますか?」

「そうだねぇ、それなら彼と親しい、上條君に話を聞くといいかもしれない」

「上條さんですか? 彼はどこの部屋に?」

「荒木君の向かい側の部屋だよ」

「ありがとうございます! 行ってみます」


上條さんの部屋に向かい、ノックをして声をかける。

すると、30代っぽいが老けた男性が出てきた。

「こんにちは、桐生法律事務所の桐生公平です。ちょっと話を聞かせてもらってもいいですか?」

「これは弁護士さんと…そのお子さんですか?

どうぞお入りください」

彼の名前は、上條正一というらしい。

彼の部屋はある程度整理整頓されているが、ところどころに美術品の写真が置いてあった。

また、ポストには銀行や金融会社の手紙がたくさんあった。

「美術品好きなんですか?」

「好きですね。でも、お金ないないので、本で鑑賞したい、美術館を巡るだけですが…

あとは、自分で小物を作ったりしますね。」

なるほど、確かに細かい作業をするための、小さい道具が揃っている。

「そうなんですね。あれ?この校章、私たちが進学する高校のです。じゃあ、先輩にあたるんですね」

「そうなのか。自分はこの後、政和大学に進学して、今の会社に就職したんだ。」

「政和大ですか⁉ すごいですね。かっこいいです。」

「ありがとうね。それで、今日はどんな話を聞きたいんだい?」

「荒木さんの話です。上條さんは、荒木さんと親しかったそうで。」

「あぁ、彼とは親しくさせてもらっていたよ。偶に一緒に料理も作って、二人で飲んでいたよ」

「そうなんですね。荒木さんや事件に関して、他に気になることはありますか?」

「う~ん、その日は寝ていたし、次の日も体調が悪くて、会社を休んだからね。あまり有力な情報はないかな。すまないね」

「いえいえ、ありがとうございます」

僕達は、お礼を言って部屋を出た。


もう夜になってきたし、あとの方々は警察の調書を読むことにした。

「今日の最後に、事件現場を見返してみよう。何か分かるかもしれない。」

「了解だよ! 私も怖いけどついていく! 事実を知りたいから」

「分かった。無理するなよ」

再び、タクシーのクラウンに乗り込み、今度は事件現場、珠希の自宅に向かった。

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