第2-2話 中編1
◇次の日
昨日退院した珠希を交えて、今日は早速桐生法律事務所前で父と待ち合わせをした。
父は、昨日から泊りがけで資料を集めているらしく、事務所で落ち合うことになった。
「珠希は、もう退院して大丈夫なのか?」
「うん、まだ経過観察段階だけど、少しずつ男性や社会にも慣れていこうかなって。厳しかったら、すぐにおばさんにお迎え頼むから」
「そっか。無理だけはするなよ」
「ふふ、まこちゃん、お兄さんみたい」
「ふ、軽口が叩けるようになるまで回復したと判断しよう」
そういう珠希は、真琴の手を強く握っていた。恐怖をこらえているようだった。
「おーい、お待たせ」
父がエレベーターからエントランスに現れた。
珠希は、真琴の後ろに隠れながら、そっと顔をのぞかせて父を見ていた。
「うむ、早速だが事件の概要を説明したい」
父は、二人を刑事弁護ルームに案内した。
「早速だが、事件の概要を説明する。
3月28日午後9時頃、本田警部の自宅に侵入し殺害するという、殺人事件が発生した。そして、犯人は殺人を犯した後に、娘である珠希くんに、傷害した。そして、そのショックで珠希くんに事件当時の記憶がないと…
警察の捜査で、足跡、凶器の指紋から、近くの工場に寮暮らしをする被疑者、
その事件の捜査をし、逮捕した刑事(デカ)が本田大翔警部だったというわけだ。
つまり、お礼参りだな。
ここまで強固な証拠がある。警察も検察も、荒木が犯人の筋を見込んでいて、起訴を決めるだろう。それこそ99.9%有罪となってしまっている」
話を聞いた真琴は考えこみ、珠希のほうは真琴にしがみつきながら、何故か挙動不審でいる。
「強固な証拠…99.9%有罪ねえ…だから、日本の刑事司法はダメなんだ」
「え?」
父が驚きを示す。
「警察の捜査をもとに、検察は都合のいい筋書きを作り、それを筋で有罪だと決めつけてしまう。
そして、そんな危険な起訴を、裁判所は事実として受け入れてしまう。
残りの0.1%に事実が隠されているかもしれないのに…」
「ほう、じゃあこの検察の筋書きのどこに、矛盾があると思う?」
「そうだな…この荒木さんは、本田警部のことをどのくらい知っているんですか?」
「どのくらいとは?」
「強さですね」
「強さ?」
公平は、息子が何を考えているのか疑問だった。
「なぜ、そんなことを聞く?」
「だって普通、警察官を殺すのに、包丁1本で挑もうとしますかね。ましてや、警察の大会で何度も優勝・準優勝の成績を収めえた“武の守護神”本田ですよ。家を調べたなら、そのくらいの情報も調べていると思いますが…」
「!! 確かに」
「あと、家なのも気になります。家の場合、見つかった際に木刀などの武器が近くにあり、殺害は困難かと思います。よっぽど、警察署からの帰りの無防備な状態を襲ったほうが合理的です」
「!!! そう言われればそうだな。だが、武器があるのを想定していない可能性も…」
「あり得ませんね。本田警部は、毎日時間の余裕ができたときに、しょっちゅう素振りをしています。家を調べるほどの犯人が、そんな目撃情報を把握していないとは考えにくいです」
「ねぇ、この調書に裏付けできるデータがあるよ」
珠希がそっと書類を、公平と真琴に見せる。
「当時の傷害事件の逮捕にかかる書類か。
被疑者荒木は、サバイバルナイフを持ち、本田警部補を威嚇。だが、本田警部補は警棒を振るい、サバイバルナイフを折り、更に小手を打ち、犯人を無防備に。殴りかかる荒木を軽くいなし、本田警部補は柔道の背負い投げで、荒木を無力化。その後も、仲間9名を柔道・合気道・空手を用い、無力化。本田警部補1人で、10名を逮捕…
え? 彼は人間ですか?」
「まぁ、僕ならこんな化け物に、包丁一本で殺そうとは思わないね」
「私も、無理かも…」
「ふむ…一理も二理もあるな」
「ね、0.1%の事実がありそうでしょ」
俺のこの数日の有罪バイアスに傾いていたのが、息子によって無罪に傾き始めた。
◇荒木家
荒木ゆかりと愛梨は、混和していた。
確かに、息子の克也は、少年時代に悪い仲間とつるみ、非行を行ってきた。でも、それはあくまで、少年の悪ふざけにすぎる程度で、決して関係ない人を傷つけることではない。ましてや、お世話になった警察官を、その娘の前で殺すなんて外道に成り下がったとは、親バカかもしれないがどうしても思えなかった。
「母ちゃん、俺は何もしていねぇよ」
息子が連行される直前、警察官に取り押さえられながらも、必死に叫んでいた。
その目には、嘘はない。
母親として、確信できる。
ニュースでは息子を、逆恨みの警官殺しと、酷く罵る。
数日前までは、お気に入りだったイケメンニュースキャスターも、平気な顔で息子を冤罪で糾弾しているようにみえ、TVが見られなくなった。
職場にも、謹慎命令を出された。働くことさえ、自由にできない。
家には、嫌がられせが続く。
家の壁には、『人殺し』『社会のごみ』『お前の家族も皆殺しにされればいい』など、散々ないたずら書きがされた。正義感を気取って、平気で石を投げつけられてしまう。
この国の刑事司法はやってもない罪で人を逮捕し、冤罪でここまで人生を追い詰められてしまうものなのか…
警察も検察も何度もお願いに行ったが、「忙しいから」・「善処はしている」と、歯牙にもかけない。
息子は、どうなってしまうのだろうか。
持病の胃潰瘍で、ますます胃が痛めつられ、心も体もボロボロだ。
◇柏木警察署面会室
荒木克也は、弁護士との面会に呼ばれ、面会室の席に着く。
アクリル板を挟んで向かい合うのは、実年齢より若く見える中堅弁護士だ。
警察も検察も一向に話を聞かない。「お前がやったんだろ!」の一点張りで、まるで岩に話しかけているようだ。荒木自身、少年時代は少年課に補導され、刑事の説教を受けていたが、彼らはもっと温かみのある連中だった。
どうも捜査一課(強行犯係)の連中は、荒く冷たい印象がある。
拘束されているのもあって、そろそろ気が滅入りそうだ。
俺はこのまま冤罪で殺人犯に仕立て上げられてしまうのだろうか。言いようのない不安が押し寄せる。
「おはよう、今日は君に大事な話が合ってきた」
弁護士は、いつもとは雰囲気を変え、話しかけてきた。
「家族の許可を取って、君の冤罪を晴らすために切れ者の助っ人をよんだ。参加されるか否かの選択権は、君にあるそうだ。
どうしたい?」
荒木はしばし黙って考え込んだ。
「なぁ先生、そんな切れ者ってことは、真相を、俺の無実を暴いてくれる可能性もあるってことだよな…」
「勿論、君が無実ならその可能性はあるな」
「分かった。先生、参加させてくれ!」
荒木は、一途の望みを協力者に託すことにした。
荒木は、面会室に再び呼ばれ、席に座った。
今度は弁護士以外もいるので、監視の警官が付いた。
目の前には、桐生弁護士の隣に座っていたガキが挨拶をする。
「こんにちは、桐生真琴といいます。よろしくお願いします」
「わ…私は桐生珠希です。よ…よろしくお願いします」
「ちょっと待ってくれ、弁護士さん。中坊のガキじゃないか!
天下の弁護士様が、ガキに捜査協力を依頼したのか?」
「言いたいことは分かる。だが、文句はこの面会を受けてからにしてくれ」
「まぁ、弁護士さんが言うなら分かったよ」
「ありがとう。申し訳ないが、桐生君達にも、もう一度事件のあった日の話をしてくれないか?」
「分かった。
あの日は仕事を終えて、酎ハイ飲んで寝たな。あの日は疲れていたんだろうな。酔いが回るのが早かった気がするし、よく眠れた。途中起きなかったからな。んで、起きたら次の朝になっていた。本当にそれだけだな。
んで、後日警察が来て、俺の部屋を家宅捜索したら、部屋の中から血の付いた包丁と、俺の被害者の血で塗られた作業服がでてきた。
でも、俺は何も知らないんだ」
荒木は、覚えている範囲で事件の概要を語る。
すると、さっそく真琴が切り出した。
「お酒は強いほうですか?」
「酒? なんでそんなこと聞くんだ?」
俺が不審がると、「いいから、質問に答えて」と、弁護士は指示を出す。まぁよく分からないが、答えてやるか。
「あぁ、強いと思うよ。いつも、酎ハイの後に、日本酒をロックで飲んでいるからな」
「じゃあ、あの日はどのくらいのお酒を飲みましたか?」
「確か、缶チューハイ1本」
「濃度は?」
「5%くらいだな」
「分かりました。
では、その日の仕事は、いつもと違っていたんですか?」
「いやぁ、変わらないな」
「毎日飲む薬はありますか?」
「毎日? あぁ喘息の薬と花粉症の薬だな。」
荒木は不思議だった。警察でも検察でも、今まで一度もこんな話をしていない。こんな話を聞いて、一体何がわかるというのだ…。
だが、こんなに自分の話を受けいれて聞いてくれたのは、初めてだった。
「そうですか…
では、本田警部について聞きます。
本田警部に恨みは?」
やっと、事件に関係ありそうな話に移った。
「恨みなんてあるわけないだろ!そりゃ、パクられたことに怒りを感じた時期はあったけど、あのおっさんの取り調べは温かいものだったし、有罪でも情状酌量だったし、仕事だっておっさんが見つけてくれたんだ。
俺の仲間もそうだ。あのおっさんのおかげで、取り返しのつかない所に行かずに済んだ。
親もセンコーも見捨てた俺らを、少年課の刑事(デカ)として、素手で本気でぶつかってくれた。
俺らが復讐でボコられてたら、夜中でも単身で駆けつけてくれた。俺らは困っていたら、いつでも警察署で話を聞いてくれた。
おかげで、俺らは大人を信じられるようになった。
俺らで本田のおっさんを恨んでいる奴なんていねぇよ。
それにな…一課の刑事から聞いたところによると、犯人は娘の前で殺したらしいじゃねぇか。俺には、到底そんなことはできない。
俺らが腹を減らしていれば、小学生だった娘さんは手料理を作ってくれた。家事の『か』の字も知らない俺らに、丁寧に家事を教えてくれたのだって娘さんだ。
俺は断じて、そういう人の思いやりまで踏みにじるような、外道に成り下がったりしない。」
「そうなんですね…父は、そんなに人望があったんですね」
「…もしかして、お嬢ちゃん、本田のおっさんの…」
「はい、本田珠希です。今は、桐生家に養子に入っています」
「そうだったのか…親父さんには、本当に世話になった。ありがとう!」
荒木は、涙ながらに深々と頭を下げる。
荒木はこの子の悲しみを考えたら、俺の無罪よりも先に、一刻も早く事件が解決してほしいと願いのだった。
3人は面会室を出る。
「動機がないとなると、ますます怪しくなってきたね」
「そうですね。父さん、私たちはこれから現場を見てきたいと思います。」
「分かった。じゃあ一緒に行こう」
真琴と珠希は、荷物をまとめ、駐車場に向かった。
それから数分で、タクシーの黒のクラウンが駐車場に到着した。
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