第2話

第2-1話 幼馴染のために事実を暴き出せ!事件被害者という冤罪ももう一つの被害者

◇今回の話は、10年前に桐生真琴が刑事訴訟法を探求し、同じく珠希が冤罪事件に強い関心を寄せるようになったきっかけの物語です。


99.9 有罪だとしても、そこに事実があるとは限らない。0.1 %に事実が隠されているかもしれない

ーーー99.9刑事専門弁護士 深山大翔---


◇10年前 桐生家

僕の名前は、桐生真琴。最近中学校を卒業し、春から高校に通う普通の中学生だ。

そんな僕には、好きな人がいる。

自分とは釣り合わないような、素敵な幼馴染だ。


今日もいつもと変わらない春休みの1日だった。

「まこちゃん、ジュースいる?

入れてくる間にこの問題、解いておいてね」

「はーい」

僕の家の冷蔵庫を開け、コップにジュースを注ぐ健気な幼馴染。

小柄な体形、リスのような愛嬌を持ち、髪をおさげにし、可愛いワンピースを羽織る、美女少女が、にこにこしながら待っていた。

少女の名前は、本田珠希。自分の家の隣に住んでいて、小さなころから付き合いだ。

今、僕達は高校の課題と戦っている。

まぁ、珠希は持ち前の頭の良さで、サクッと初日に終わられているので、僕の宿題の面倒を見てもらっている形だ。

そう、見てもらっているうえに、給仕までしてもらっているという図々しい男である。

もちろん、僕だってお世話になっている幼馴染に、ジュースやお菓子を給仕してあげたい。だが、僕が動こうとすれば、機敏に察知し、「給仕はいいから、課題頑張りなさい」と、言われてしまう始末。

更に、珠希はトップレベルの進学校に行けるにも関わらず、自分と同じ近所の中堅進学校に進学することになった。自分の高校は偏差値でいうと、60代というところだろう。

頭がいいだけでなく、運動もできる。特に、警察官の父の影響を受け、武術は県大会で優勝するほどの腕前を持つ。

かくいう自分は、今のように熱烈な家庭教育をしてもらい、どうにか滑り込んだ感じだ。運動だって、からっきしできない。友達だって少ない。でも、珠希は幼馴染のよしみで、今もこうして優しく自分と付き合ってくれる。

「珠希ちゃんて、本当にお兄に甘いよね。

お兄ちゃんも少しぐらい成長しないと、見捨てられちゃうよ」

妹の愛花まなかにため息をつかれる。

本当のことなだけに、反論ができないのが悔しい。

そして何より、愛花も運動も勉強もできる優等生かつ、明るく元気な性格も相まって、中学1年にして学校の人気者だ。

全く、神は不平等だ。

そんな嘆きをしながら、僕は珠希先生の怒りを買わないよう、必死に問題集をこなした。


珠希との勉強会は、夕食を挟んで午後8時まで行われた。

夕食も珠希のお手製のハンバーグ、「今日は頑張ったからハンバーグ作ってあげるね」とのこと。

子ども扱いだが、それもまた一興。母性溢れ、お手製のハンバーグに舌鼓を打った。

勿論、お手伝いしようと声はかけたが、

「あぁ! そうやって勉強から逃げるつもりだな! ダメです! 勉強しなさい」

と、厳しい(でも可愛い)指導の下、数学の課題を進めた。

まったく、進学こといえ、どれだけ課題を出せば気が済むのだろうか…と、気が滅入りそうになりながらも、珠希のエプロン姿に癒しを感じ、エンジンを吹かして乗り切った。

おかげで、課題はすべて終わった。


午後9時、風呂を出て脱衣所で服を着ていると隣家の珠希の家から、悲鳴と物音が聞こえた。

珠希の父は警察官だし、珠希も武術に精通している、事前に調べれば絶対に不法侵入したくない家だが、一抹の不安を抱え、僕はラフにジャージを羽織って、隣家に向かった。

珠希の家のドアを恐る恐る触れると、鍵は開いていた。

部屋に入ると不安は的中した。

玄関から見える階段で、珠希の父が腹部と首を刺されて、血を流して倒れていた。

「うわぁぁぁぁ!!」

悲鳴交じりの叫びをあげる。

すると、窓が開く音がするとともに、誰かが外へ逃げて行った。

犯人を追うか? いや、武術に疎い自分が応戦しても事態を悪化させるだけだ。

今は、目の前の珠希父の容態を確認しなければ?

「大丈夫ですか!?」

僕は、急いで珠希父に近づき、脈に触れる。

だが、手遅れでもう息を引き取っていた。

くそ、手遅れだったか。珠希は!? 珠希は大丈夫なのか?

僕は焦る気持ちを抑えきれず、一階の部屋を探す。

台所、トイレ、リビング、手当たり次第に探した。

血なまぐさい匂いが、僕の不安を駆り立てる。

すると、リビングのクローゼットから女性の涙声が聞こえる。

クローゼットをそっと開けると、そこには服をびりびり破られ、顔に殴られた傷を負い、体を横たわったまま泣きじゃくる珠希がいた。

近くには、吐瀉物をあり、吐き気で苦しそうにしている。

「おい、大丈夫か? おい!」

「近づかないで!!」

僕は呼びかけをしたが、珠希は震えてパニックに陥っており、僕を受け付けなかった。

だが幸い、大きな怪我はしていないようだ。

僕は、珠希の安否を確認すると、すぐに警察と消防に連絡した。


それから、5分で警察と消防が到着した。

珠希は救急車で運ばれ、僕は警察に事情を話した。

「これはひどい…」

強行犯を主に扱う刑事たちも、息をのんだ。

警察は現場検証をすると主に、部屋の様子を調べた。

だが、部屋は荒らされていない

よって、物盗りの犯行の線は消え、警察は殺人の線で追う方針と思われる。

僕は珠希の父の死に悲しみを感じるとともに、珠希の命の無事は安心した。

だが、珠希のあのパニックの様子からして、心の傷は深いものだと思われる。

僕にできるのは、珠希の心のケアだと思い、その日は更けていった。


◇東都医科大学付属病院

次の日、僕は珠希の様子を見に、病院に伺った。

病院の病室は、精神科の管轄だった。

看護師さんに病室に案内され、病室に向かった。

昨日の検査を受け、珠希に体の傷は内容だ。

「ただ、一つ申し上げにくいのですが…

もしかしたら、珠希さんはPTSDによる極度の男性恐怖症に追い散っている可能性があります。

さらに、事件前後の記憶が不鮮明です。

その際は、すぐに退室していただく可能性があります」

「分かりました」

看護師さんに言われたものの、自分の中では大したことない、そう思っていた。

だが、事態はそう甘くなかった。

「いやぁぁぁぁ、来ないでぇ!!」

泣き喚く悲痛な叫びがが、僕への反応だった。

僕はすぐさま、部屋を出た。

それは、この15年の信頼関係が崩壊した、何よりの証拠だった。

「やはり、ダメでしたか…」

看護師さんは項垂れる。

「実は、男性の先生すら受け付けなくなってしまったんです。

でも、それも致し方ないのかもしれませんね。

目の前で父親が殺害され、犯人に暴行されたようですし」

それで、吐き気に襲われていたのか…

僕は改めて、事件の重さを見ることになった。


それから数日たっても、珠希は一向に良くならなかった。

幸い、女性なら受け入れられるらしく、母や女性医師とは会話ができるという。

だが、一向に僕は恐怖の対象でしかなかった。

僕が転べば、すぐに手当てをしてくれた。

僕が悩めば、いくらでも相談に乗ってくれた。

考えすぎて、一晩明けたことだってある。

僕が凹めば、たくさん励ましてくれた。

僕がいくら泣いても、泣き止むまで側にいてくれた。

僕がいじめられたら、いつでも助けてくれた。

中学生のくせに、10人の大学生相手に、僕を護るために、こぶし一つで立ち向かった。

掃除や整理整頓、事務処理が苦手な僕に、いつでも一生懸命手伝ってくれた。

改善策を自分のことのように、模索してくれた。

みんなが見捨てても、どんなにみんなに馬鹿にされても、珠希だけはいつも笑顔で手をさしのべてくれた。

珠希はなにがあっても、どんなときも、僕の味方でいてくれた。

そんなたくさん僕を助け、支えてくれた珠希がつらいときに、僕は何もできない。

それが悔しくて悔しくて、何度も自分の部屋で泣き叫んだ。


それから数日たった、ある日だった。

女性医師から僕と僕の父母が呼び出され、個室でこんな話を聞けた。

「珠希さん、あなたとも思い出は大切にしているようですね。

カウンセリングをするたびに、あなたとの思い出を話すのよ」

「そうなんですか…」

「本来なら家族が支えて上げられればいいですけどね…珠希さん、祖父母も母親も、既に亡くなっているでしょう。

珠希の母親は、珠希が小さいころに病気で亡くなった。そんな珠希に寂しい思いをさせないように、粉骨砕身で珠希を育てたのが、珠希の父だった。珠希もそんな父を心から愛し、尊敬していた。その父を目の前で殺された痛みは、想像を絶するだろう。

悔しさでこぶしを握ると、力の入れすぎで爪が皮膚に食い込み、血が出た。

だが、そんな痛みも気にならないほど、僕は悔しかった。

「少しずつ会う時間を増やしていくのはどうでしょうか?」

「少しずつですか?」

「えぇ、あなたへの気持ちが回復の励みになっているみたい」

「分かりました。是非、協力したいと思います」

「では、早速会ってみようか」

看護師さんに連れられて、病室に入る。

「珠希ちゃん、入るわよ」

医師がノックすると、珠希はそっと本を閉じてこちらを見た。

すると、数日前と違って、だいぶん落着きを取り戻したのか、叫ばなくなった。

「よぉ」

軽く挨拶すると、

「うん、久しぶり」

と返事が返ってきた。

そこからたわいない話を30分ほどした。

これ以上は無理させないようにと、看護師さんから言われ、中断したがだいぶ良さそうだ。

そこから、毎日通った。

すると、段々長い時間一緒にいられるようになり、珠希もだいぶん慣れてきたようだ。

ある日、珠希の身寄りの話になった。

確かに、珠希の唯一の肉親の父親がいなくなってしまってはどうするのか、不安だった。

それを見越したかのように、一緒に来ていた母がドアを開けて入ってきた。

「いきなり現れるなよ!びっくりしただろ!」

「普通養子縁組よ! 真琴のことだから言い出すだろうと思って、父さんと母さんと愛花で話し合って、その準備は既にできているわ!」

「準備が早いな!」

「あとは、珠希ちゃんしだいだ。どうしたい?」

「え…本当に家族になってくれるんですか?

私、まこちゃんの家族に迷惑かけてしまうかもしれませんよ

養育費だってかかりますよ。」

「迷惑?金?

上等じゃないか!子供なんだ!いくらでも迷惑かければいい。

私たちの金をいくらでも成長の糧にすればいい。泣きたいときは泣けばいい、怒りたいことは怒ればいい、欲しいものがあるときは、欲しいと言えばいい。私たちはそれを迷惑だと思わない、それは子どもの成長だよ。」

母は、そっと近づき珠希と僕を抱きしめる。

「もう、一人で泣かなくていいだよ。珠希ちゃんが真琴から逃げたことがないように、私たちだって絶対に珠希ちゃんを見捨てない。」

すると、珠希は溜まっていたダムが崩壊するように、母の胸で泣いた。

母はそれをただただ暖かく見守った。

僕も、やっと頼れる相手が見つかって溜まっていた悲しみを吐き出す様子を見て、安心感をもった。


泣き止む頃には、日が暮れていた。

「おばさん、いや、お母さん!ありがとうございました」

「あら!お母さんって呼んでくれるのね!ありがとう、でもまだ慣れないでしょ?」

「はい、正直まだまだ。でも、慣れていきます」

「うんうん、そうだね。ところで、真琴、珠希ちゃん、殺人事件の被疑者が逮捕されたのは知っている?」

「いえ、しばらくニュースを見てなかったので…」

「僕も」

最近はスマホも開くにならず、ましてやテレビも見る気が起きず、ひたすらベッドにこもっていた。

「被疑者は送検され、検事に取り調べられているみたいなんだけど、どうも被疑者は珠希ちゃんの友人のお兄さんみたいなの?」

「そんな!」

珠希は、スマホを操作し、ニュース記事を開く。

「荒木克也…愛理ちゃんのお兄ちゃん…」

「そう、それでね、荒木克也さんは、無実を主張しているみたい。」

「無実ですか…」

「丁度、愛梨さんが面会に来ているから話を聞いてあげて」

母は、ドアを開け愛梨を招く。

「珠希ちゃん!?怪我は大丈夫?」

愛梨は珠希に抱き着いた。

「私は、大丈夫だよ。でも、愛梨ちゃんは今大変だって聞いたよ」

「うん、被害者の珠希ちゃんに言うのもあれなんだけど…でも、信じて!お兄ちゃんは無実だよ。真犯人は別にいるんだ。だから、どうかわたしを信じて!

どうか、警察・検察に捜査のやり直しをしてもらえるようお願いしてください!

身勝手な話をごめんね。でもどうかよろしくお願いします

お願いします」

愛梨は珠希の手を取り、必死に懇願する。

「愛梨ちゃん…」

「珠希ちゃんにしてみたら複雑な気持ちよね。

どうして自分の父親が殺されなければならなかったのか?

被害者遺族なら当然の疑問よね

それに本当に冤罪なら、友人のためにも真犯人を見つけたいよね」

「はい…私も、気になります」

「そうだよね」

母は誘導尋問じみた問答をする。

まさか…

「そこで、パパから相談なんだけど、パパが荒木克也氏の弁護人を引き受けたの。

良かったら、二人も調査に加わってみない?

真琴も珠希ちゃんも頭きれるし、何か事実発見に役立てるかも

愛梨ちゃんも構わないかな?」

「はい、二人を信じてますので、大丈夫です」

確かに、早く真相がわかれば、珠希の回復にもつながるだろう。異論はない。

母から、この数時間で父が用意してくれた作戦を、聞かされた。


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