第1-2話 中編
真琴と珠希は、早速母親の依頼を受け、留置場に向かった。
面会室で対面すると、被告人『
「こんにちは、お母さまより弁護を引き受けました、桐生法律事務所の桐生真琴です」
「桐生珠希です」
珠希はもうコミュ障のかけらもなかった。被告人に向き合う弁護人の本気の目だ。
「香椎和也です。今度の弁護士さんは、僕の無実を信じてくれるんですか?」
香椎の目は疑心暗鬼に満ち溢れていた。
「あなたが無実なら、事実を明らかにしてみせます」
珠希は真剣な目で香椎を見つめる。
「でも、俺はもう起訴されているだろ…有罪率99.9%でどうにかなるのか?」
「確かに、無実を証明できる確率は0.1%です。でも、0.1%でも可能性が残っているなら、私は戦います」
「…分かった。弁護士さんを信じよう」
どうやら珠希は、信頼を勝ち得たようだ。
「早速ですが、事件の概要を教えてください」
場が温まったところで、真琴が切り出す。
真琴と珠希はノートを出し、準備を整えた。
「例のドラマみたいに、生い立ちからですか?」
「えぇ、話していただけるならなるべく詳しく」
事件の概要はこうだ
被告人 香椎和也 26歳
事件当日、香椎さんは会社で夜遅くまで社長と同じ部署のメンバーで飲み会をしていた。
午後9時過ぎ頃、香椎さんは酔いが回りソファーに横になった。
そこからの記憶はない。
そして目が覚めると、1階の倉庫で寝ており、手には社長の血の付いた香椎さんの仕事用スパナが握られていた。そして、横には社長の死体が横たわっていた。
死亡推定時刻は、午後9:30~午後10:00
香椎さんの疑われた原因は、他にも現場に争った痕跡のあること、香椎さんの頭に血と打撲があり、現場に香椎さんの血痕が残されていたこと。
香椎さんの携帯電話から、社長である松菱重信さんに電話の履歴が犯行時刻前にあること。つまり、香椎さんが松菱社長を呼び出した可能性が高い。
さらに、香椎さんのSNSには、会社での鬱憤が書き込まれており、動機も十分にあった。
さらに、香椎さんは酒癖が悪く、以前居酒屋で喧嘩騒動を起こしたことがあり、今回の殺人事件も酒に酔った感情的な犯行の線が濃厚であること。
香椎さんの担当検事の田村は、
「お酒で記憶がないのに、どうしてやってないって言いきれる」
「すべての証拠がお前がやったことを示している」
「罪を犯したお前のことを家族は、どうにでもしていいと言っている」
と、拷問のようにしつこく尋問した。
「検事さんに何度も記憶がないって言ったんです。でも、何度も何度も朝から晩まで同じような取り調べされて、何度否定しても話を聞いてくれなくて…気が滅入ってしまって…
しかも、俺のせいで親父やおふくろも誹謗中傷されているって聞いて、完全に参ってしまって、調書にサインしてしまったんです
信じてください!本当になんもしてないんです」
香椎は頭を下げ、懇願する。
「そうだったんですか…それは辛かったですね。もう大丈夫ですよ」
珠希が温かく声をかける。
桐生法律事務所
「なかなか厳しい状況だね」
冤罪対策室の黒板に状況を図示したものをみて、ため息をつく。
「検察の証拠を見た限り、99.9%有罪ですね。0.1%を証明するのは、先輩達でも難しいですよ」
花代はため息をつく。
留置所を出てすぐに花代に電話して、検察から開示されている資料は全てコピーか写真でおさめてもらってきた。
「あぁ、だが気になることがいくつかある。早速現場に行ってみよう」
「早速現場だね!分かった
かよちんも一緒に来て」
「はいはい、分かりました」
花代はあきれながらも、笑いながらついてきてくれた。
真琴と珠希はタクシーにのり、松菱部品に向かった。
「あ! ごめんお金ない…まこちゃん奢って」
「あぁ、構わないぞ」
タクシー代は金欠の珠希には払えず、真琴が支払った。
金欠の原因は、成功報酬型の弁護士業務でなかなか成果を上げられなかったのが原因だ。久しぶりの幼馴染、かつ弟に奢りを頼むなんて、珠希が恥ずかしくなった。
勿論、そんなことはまったく気にしていないのが、桐生真琴であった。
松菱部品につくと早速、飲み会で一緒だった香椎さんと同じ部署の方の話を聞いて回った。
まずは、香椎さんの上司でもある浅野部長だ。
「普段の香椎さんの様子はどうでしたか?」
「いやぁまじめに働いていたよ。だが、まじめだからこそ、同僚との衝突も多かったかな。なんというか、自分がこうと決めたら、融通できないタイプなんだよね。それで、会社への鬱憤がたまって今回の事件を起こしたんじゃないかな」
「そうですか。因みに、飲み会での香椎さんの様子はどうでしたか?」
「いやぁ、僕は最初だけ参加して、家に帰ってしまったよ。だから、事件のことはあまり知らないんだ」
「分かりました。ありがとうございます」
次に、同僚の峰岸さんに話を聞いた。
「普段の香椎さんは、どうでしたか?」
「普段はまじめだけど、やっぱり酒が入ると喧嘩騒動を起こす癖があったね。
あとは、女性社員のお尻を触ったこともあった。
酒癖の悪さは、かなりあったと思う」
「そうですか、当日もかなり酔っていましたか?」
「そうだね。かなり酔っていったよ。ただ、普段よりは気分の上下が少ない穏やかな酔い方だったかな…いつもは、もっと笑い上戸のようにうるさかったから…」
「そうですか、ありがとうございます」
他の同僚の方にも話を聞いたが、どれも似たり寄ったりだった。
同僚と上司に話を聞いて終わり、早速調書と現場を照らし合わせていく。
現場は1階の会社を出て少し離れた倉庫だ。
第一発見者だった警備員の永松さんや、同僚の峰岸さんに同行してもらった。
「早速ですが、このスパナは現場に香椎さんが握っていたんですか?」
検察の調書のコピーに写されたスパナの写真を見せる。
「えぇ、間違いありません。このスパナです。」
「香椎さんが普段仕事をしているのは、どこでしょうか?」
「えっと、2階ですね。」
「2階ですか。では、このスパナの同型のスパナは1階にありますか?」
「いやぁ、この形のスパナは2階でしか使わないね」
峰岸さんが質問に答える、
「そうなると、おかしいな」
「おかしい?」
珠希が不思議そうにこちらを見る。
「今回、香椎さんの衝動的な犯行なのに、わざわざ2階からスパナをもってきている」
「じゃあ、衝動的に見せた計画的犯行?」
「いや、このスパナは相当大きい。こんな大きなスパナを持ち歩いていたら、流石に誰か不審がるだろう。実際、峰岸さんは香椎さんがスパナを持っているのを見ましたか?」
「いやぁ、確かに見てないな。これだけ大きなスパナだから、持っていたら気づくはずだけど」
「確かに、不自然だね」
珠希も同意のようだ。
「では次に、監視カメラの映像を確認させてもらえませんか?」
真琴と珠希は、場所を変え事務所に向かった。
「えぇ、事件のあった日の分は警察から保管するように言われているので、見せることは可能なのですが…」
事務員の今井が少し言葉に詰まる
「どうかしましたか?」
「経費削減で、会社の一部しか録画されてないんですよね。映っているのは、事務室の前を通る香椎さんの姿くらいですかね」
「事務室の前を香椎さん通ったんですか?」
「確かに検察の調書に書いてある。この事務所の前を通って倉庫に向かう香椎さんの映像が、検察が犯行に向かう姿と解釈いているみたい」
「なるほど、その映像見せてもらってもいいですか?」
「かまいませんよ。どうぞ」
今井は、パソコンの前の席を空け、椅子を譲ってくれた。
そして、珠希用にもう一つパイプ椅子を用意してくれた。
監視カメラの映像を見ると、確かに午後9:00に事務所の前を通っている
だが、だいぶ千鳥足で、フラフラしている。
「峰岸さん、この時のことって覚えていますか?」
「あ!確か、いつもより酔いが早いから、外の自販機に水を買いに行きつつ、外の空気吸ってくるって言って、部屋から出て行ったね」
「なるほど、この行動が犯行に向かったようにも見えるというわけか
他にも何か手掛かりになることが映っているかもしれない。
もう一回再生してもらえますか?」
「分かりました」
真琴と珠希は、防犯カメラの映像を何度も見た。
特に不審な点はないように見えたが、10回目の時小さな違和感が生まれた。
「この香椎さんが角を曲がった後に映る、黒い物体なんですかね?」
「どれですか?」
今井や峰岸が、画面に注視する。
「確かに通った後、監視カメラの端に黒い物体が映っていますね」
「もしかして…香椎さんの靴」
真琴の頭に一つの推測が浮かんだ。
「この角の場所、見せてもらってもいいですか?」
「分かりました。こちらです」
今井の案内で事務所の角に向かうと、壁に赤黒い跡が残っていた
「これ、血痕じゃないか」
「そうだね。でも、どうしてこんなところに血痕が」
「僕の予想だと、ここで香椎さんは転んで壁に頭をぶつけたんじゃないかな」
「なるほど、香椎さんの頭の傷は殺害時の争った時にできた傷ではなく、このときにできたのか」
「あぁ、念のため血液を鑑定してもらおう。民間の法科学研究所に連絡を頼む」
「分かった」
「そして、その時に脳震盪と酒で意識を失った。いや、さっき峰岸さんが言っていた『いつもより酔いが早い』ことを考慮したら、睡眠薬を混ぜられていたかもしれない」
「なるほど。もしかすると、意識を失った状態で誰かに運ばれて倉庫に連れていかれたのかもしれないね」
「あぁ、その線はあるかもしれない。ほかに監視カメラの映像はありますか?」
「いやぁ、警察と一緒に確認したけれど、誰かが香椎さんを運ぶ映像はなかったですよ」
「そうですか…」
「そういえば、一階入り口の監視カメラが事件の日を含めて3日間ほど止まっていたみたいですね」
「1階の入り口ですか?」
犯人が、1階の監視カメラに写ったら困ることでもあったのだろうか…
真琴は次の策を模索し始めた。
「ここで一つ、再現実験をしてみよう」
「再現実験」
「簡単な実験さ、酔っぱらった人間が犯行を行えるだけの自立して動けるかさ」
「まぁいいですけど、誰がやるんです」
花代が聞くと
「かよちんって、お酒弱いよね」
「そうだな、かよちんは相当弱かったはず」
「え?もしかして、私に実験台になれとおっしゃってます?」
「うん、頼めるかな」
「酔っぱらったら、仕事になりませんけど…」
「じゃあ、今日は実験終わったら帰っていいよ。自宅までのタクシー代渡すよ」
「かよちん~お願い」
「まぁ、先輩方がそこまでいうなら仕方ないですね」
花代は珠希の懇願を見て折れたようで、実験に乗ってくれた。
その結果、花代はビール350mlで、べろんべろんに酔った。
「本当に弱いね…流石はかよちん」
「は~い、私がかよちんです!」
完全に酔って、発言がおかしい笑い上戸だ。足取りも千鳥足だ。
「峰岸さん、このくらいですか」
「そうですね。大体こんな感じですね」
「じゃあ、かよちん。2階まで歩いて行って、スパナを取ってきて」
「はーい」
返事はいいものの、花代は千鳥足で安定しない。
その様子を、珠希がビデオカメラに収める
花代は進むには進むものの、千鳥足で転びそうで安定しない。
玄関を入り、階段を上り、2階に上がったところで、既に10回以上転びそうになり、真琴が支えた。
2階からスパナを取り、1回に下がり、倉庫に向かった。
到着するころには、1時間以上たっており、転びそうになった回数も30回を超える。
「お疲れ、かよちん。おかげでいい再現動画が取れたよ」
「そうですか!じゃあ、かよちん帰ります!!」
花代は呼んであったタクシーに乗って、自宅に帰った。
「再現実験でも分かる通り、やはりあの防犯カメラの黒い点と血痕は、転んだとみて間違いないだろう。それに、1時間もかかるようじゃ到底殺害なんてできないだろう」
「そうだね。やっぱり、検察の調書は不自然だね」
珠希も納得したようで、検察の調書を不可思議そうに見ている。
松永、峰岸とともに、今度は現場となった倉庫を見ていった。
倉庫は、一階の入り口から倉庫までは、距離にして500mほど。入り口を出て、会社の壁を進み、角で曲がって日陰のある奥まったところにあった。
倉庫の近くは警察の現場検証の跡が残っており、閑散としていた。
「倉庫の中には、特に何も残っていませんね」
「えぇ、現場検証の際に邪魔な荷物はどかしましたので」
「倉庫にも監視カメラは…ないみたいですね」
「ふむ…代わりになりそうなものがあればいいんだけど」
真琴は倉庫と入り口の間を往復する。
すると、倉庫と入り口の間には、駐車場があるのに気が付いた。
「駐車場…もしかして、誰かのドライブレコーダーの中に映像が残っているかも」
真琴は早速、社員の協力のもとドライブレコーダーの映像を確認した。
ドライブレコーダーの映像の確認には、かなり手間取った。
午後1時に松菱部品に来たのに、もう夜の8時になってしまった。
珠希が会社の給湯室を借りて作った手作りの苺サンドイッチを食べながらだったので、多少の苦労の軽減にはなった。珠希のサンドイッチは、甘みがちょうどよくおいしい。
会社を閉める時間になり、会社を去った。
「どう、収穫はあった?」
珠希が洗い物を終えて、部屋に戻ってきた。
「あぁ、あったぞ。香椎さんを台車で運ぶ浅野の姿が、カメラに写っていた。時刻は9時頃。」
「それって、浅野さんが今回の犯行にかかわっている可能性があるってこと?」
「あぁ、これで検察に再捜査の依頼ができる。
とりあえず、事務所に戻って、これまでのデータを並べて、検察に再捜査の依頼の準備をしよう」
僕と珠希は、社員にドライブレコーダーのメモリーカードを返し、会社を出た。
それから二人は事務所に帰り、パソコンでまとめた。
事務処理能力は珠希のほうが高く、数時間かかるであろうところが1時間で終わった。
おかげで、早く帰ることできた、
次の朝、昨晩まとめた資料を手に担当検事に面会に向かった。
「どうも担当検事の田村です」
田村は、背丈がすらっとしていて、なかなか好青年の顔をしていた。
「これまでにまとめた資料です。この事件、冤罪の可能性が出てきました」
田村は資料を読み込むと、ニヤァと笑い
「いや、これは浅野の犯行はありえないですね」
「ありえない、どうしてです?」
「浅野部長は家から午後9:30に電話している。
その姿を奥さん同士の仲のいい松菱氏の奥さんも家に泊まりに来ていて確認し、データも残っている」
「しかし、電話だけならどこででもできるでしょう?」
「いや、家の給湯器の音声も入っている」
「なるほど、ではそのデータいただいてもいいですか?」
「どうぞ、まぁ調べても無駄でしょうけど」
「分かりました。ありがとうございます」
真琴と珠希はデータをもらい、早速事務所で録音を確かめた。
検察を出た時だった。
携帯電話に依頼人の香椎一美から連絡が入った。
香椎和也の父、香椎重道が持病の心臓病で入院したとのことだった。
それを真琴と珠希は、留置場に行き、早速香椎和也に伝えた、
「そんな…親父が倒れるなんて…
万が一のことがあったら、親父の死に目にも会えないなんて…
先生、早く俺を出してください。
親父には苦労ばかりかけさせてしまって、ちゃんとお礼も言えてないんです。
こんなことで、親父の顔を見れないんて、辛すぎます
先生!どうか、助けてください。お願いします…お願いします」
和也は、頭を下げ必死に訴えてきた。
「全力を尽くします。だからあと少し頑張ってください」
珠希が励ますように、温かい顔でエールを送った。
検察に可能性を潰され辛い時でも、ちゃんと相手を思って励ましになるような表情をできるのは、さすがは珠希である。
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