第6話 僕は断固思う
「お嬢様、何故こんな所に! おさがり下さい、ここは危険です!」
ジョルノ達が渓谷に辿り着くと、騎士団の団長らしき男がすぐにニナの姿を認め、必死に訴えた。
すかさずニナが毅然と団長に告げる。
「リオン、今から指揮は私が取ります。全員を撤退させて。そして、このジョルノに全てを任せるのです!」
突然のニナの申し出に、壮年の騎士団長は驚きを隠せない。
「し、しかし……」
戸惑いながらリオンと呼ばれた騎士団長は口ごもり、自らが仕える侯爵家の令嬢と、その隣に立つ幼い少年二人を思わず見比べてしまう。
白色魔術師のお嬢様ならば多少は理解出来るが、余りに頼りなさそうな少年達にこの大陸でも類をみない大惨事の現場で何が出来ると言うのか? そうリオンが口を開きかけた瞬間、ニナが告げた。
「ジョルノは『ジュ・パンセ』です! 精霊のお告げがありました。彼にしかこの荒ぶる黒精霊達を止められません!」
きっぱりと言い放つニナの言葉にあった『ジュ・パンセ』。
リオンはハッとして全てを悟り、急いで仲間の騎士や衛兵達を危険な前線から退かせた。100年以上前の大惨事の時に『ジュ・パンセ』が中心に、事態の収束を計ったと言う史実をリオンは知っていた。
「ジョルノ、頼んだわよ! あなたを私は信頼しているからね!」
決意を固めた瞳でニナがそう告げると、ジョルノは小さく頷く。そしてじわじわと広がる膨大な黒い霧へと近づいて行き、その手前で立ち止まると大声で叫んだ。
「僕はこういうのが大嫌いだ!」
リオンを含む多くの騎士や衛兵達は、少年が戦う訳でも魔法や錬金を使う訳でもなく、ただ子供っぽく叫んだのにギョッとした。いや、唖然とし呆れたとも言えた。
だが次の瞬間だった。
渓谷の岩々や地面に含まれる数多くの精霊石が呼応するように激しく煌めき、まるで彼を応援する様に輝くのを見た。
闇の霧の中に煌めく無数の希望を放つ輝き。それはまるで世界が目覚めたかのように、この地全てを覆う鮮やかな虹彩だった。
ムォオオ――オン!!!
その輝きに反応し黒い霧が大きくうねりをあげ、突如胎動を始めた。凄まじい速度で変貌するイリーガル・ウイッチは荒れ狂う巨大な竜巻の様に天高くまで伸び、そしてジョルノ達の前に漆黒の禍々しいヒトガタが現れた。
体長5メートルを超え、奇妙な渦を顔に持ち、身体は不規則に揺れ、不気味さと異様な威圧感を醸し出し、禍々しいオーラを纏う。
【死を我が贄にぃぃいいいい!!!!!】
イリーガル・ウイッチの本体とも言うべき化身は渦巻き状の顔で、暗い地の底から吠える様な邪悪で怨讐の籠った声を発した。
エメットとニナは小声で「「ひっ!」」と叫ぶ。その後ろに控える屈強なリオン達でさえ、尋常ではないプレッシャーにガクガクと震え膝を揺らす者さえいた。
だが、ジョルノは身じろぎせずに答えた。
「そんなの知るか! 悪い事をするな! みんなが困るだろう!」
【忌々しい『ジュ・パンセ』がぁぁあああ! マレディクシオン!】
その脈動する様な不気味な声の呪文と同時に、周辺を蠢く膨大な黒い霧が、ジョルノ達に向け、抗いようのない巨大な津波の様に一気に襲い掛かる。ジョルノは急いで叫んだ。
「エメット! ニナ! それとおじさん達も僕の側に!」
その言葉に震える二人は、慌てて抱き着く様にジョルノに飛びつき、リオン達も震える仲間達を抱え急いで移動した。
そして再びジョルノが叫んだ。
「精霊錬金、プリエ・コントラ!」
途端、周囲の精霊石の輝きが一層激しく輝く。だが、同時に彼らを巨大な闇が覆い尽くし濃ゆい黒い霧に全てが埋まった。
その瞬間、明るく凛としたジョルノの声が響く!
「みんな仲良くしなきゃ駄目だぁあ! 僕は断固そう思う!」
その声が響いた刹那、彼らを覆いさらに尚も津波の様に襲い来る膨大な黒い霧が、突如七色に輝きその姿を一変させた。
『ジュ・パンセ』の力、精霊錬金とは世界の真理たる精霊の有り様を動かす力、悪しき者を癒し、浄化する。正しき精霊は黒精霊とは同格の為及ばない世界の理。それを動かす力を授かるのは、高位精霊の祝福を受けて生まれた子のみ。数百年に一度生まれるかどうかの特別な子供。
【おのれぇ、小賢しい! イプノティスム・マルヴェイヤンス! 貴様が抗えぬ全ての悪意を、貴様が乗り超えられぬ全ての悪意を、貴様が屈服する全ての悪意を! 善の脆さに、善の浅はかさに、善の及ばぬ力で染めてやるぅぅぅう!】
「ひねくれるな! 僕は卑怯な心が嫌いだ! 僕は意地悪が嫌いだ! 僕はずるい根性が嫌いだ! みんなで手をつないで笑顔になるんだ! 人を好きになれ! 僕もお前を好きになる! 愛がなくちゃ駄目なんだぁぁあ!」
閃光の様な輝きと、暗く重い闇がぶつかった。
地が大きくうねり、空気が爆発した、空が歪んだ。
だが、そんな恐ろしい衝突が幾度も繰り返された後だった。
キラキラと大地が輝き、清浄な空気が世界を満たし、抜ける様な青空が生まれた。
あざやかな七色の輝きが世界を覆う。
気が付けば、大きな、とても大きな虹が手をつなぐみたいに、この世界を跨いでいた。
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