第三章 花嫁修行は珍道中

第17話 旦那様の結婚宣言

(ああああ、妖狩りの旦那様に普通の狸でないことがばれてしまった!!)


 狸姿の蒼葉は、短い腕で頭を抱える。


 しかし、闇夜に苦戦する行雲を前にしたら居ても立っても居られなかった。あのままでは行雲は命を落としていたかもしれない。


 狸火というのは変化の他に化け狸の使える数少ない能力なのだが、偶然役に立って良かった。

 ――火を生み出せるわけではなく、自身が発光することになるので少しかっこ悪いが。


 丸々した可愛らしい見た目のおかげか、蒼葉は今のところ生かされている。

 しかも軍の馬車に乗せてもらい、自分の足で帰る必要もなくなった。


 行雲の膝の上でおろおろ動揺していた蒼葉だったが、惣田という茶髪の青年が干芋を差し出すと一瞬で元気を取り戻す。


「ポンちゃん、これ食べる?」

(はい!!)


 芋は大好物だ。

 食欲に抗えず、がっつく蒼葉を見て惣田は呟く。


「あー癒し。これで痛みも吹き飛ぶよ」


 そういえば彼は妖の最初の一撃で吹っ飛ばされ、木に全身を打ち付けていたのだった。


「体は何ともないのか?」


 大丈夫なのだろうかという蒼葉の声を代弁するように行雲は怪我の状態を尋ねる。

 顔には一切出ないが、一応仲間のことを心配しているのだろう。


対妖たいあやかしの気配遮断は得意だから攻撃対象にはならないだろうと油断してたよ。たぶんあばらが何本かいってる。右腕も折れてるかも」


 惣田はけろっとした顔で答える。


 骨が折れていたらとても痛いだろうが、彼は痛みを感じているようには全く見えない。

 軍人というのはすごいなぁと思いながら、蒼葉は干し芋を与えられるだけ頬張った。


「ポンちゃんはきっと化け狸だよね。もしかしたら人間とかに化けられるの?」


 惣田は猫のような丸っとした吊り目で蒼葉を覗き込む。


 ぎくり。


 百年近く生きている化け狸なら色んなものに化けられると聞くが、蒼葉はいつもの人間姿にしかなれない。これでも変化は得意なのだ――同世代と比べて。


 とぼけたふりをして首を傾げると、惣田は「無理なのかー」と勝手に納得してくれる。


(お腹が満たされてほっとしたら、眠たくなってきた……)


 とろんとしている蒼葉の背を行雲が撫で、山でたくさんついてしまったひっつき虫をとってくれる。

 それがとても気持ち良く、居眠りをしてしまっているうちに馬車は軍の宿舎についたようだ。


 報告があるので少し待てと言われた蒼葉は馬車の中で二度寝をし、良い匂いにつられて目覚めた時には東の空が白み始めていた。




 ごはんに鰹をかけた美味しい物を三杯食べさせてもらった後、行雲に抱かれて蒼葉は百鬼の家に帰った。

 知らなかったが、屋敷から二十分ほど歩いた距離に軍の施設があるらしい。

 

 緩やかな坂を上り、門の中に入ったところで行雲は蒼葉を地面に下ろす。

 彼は門の錠をかける素振りを見せなかった。


「危ないからもうついて来るなよ」

(なるほど、家からつけたと思われているのか)


 蒼葉はぺこりと頭を下げ、庭の方へと全速力で走る。離れとの間にある林の中に飛び込むとぐるりと方向を変え、獣だけが抜けられる隙間を通って敷地の外に出た。


 急いで人間姿に化け、錠が開いたままの門を突破し、歩く行雲の背中を追いかける。


「旦那様!!」

「……」

「お……は、ようござ……います」


 ぜぇぜぇと息をしながら蒼葉はなんとか喋りかける。

 行雲はむすっとした顔をして、肩で息をする蒼葉を見つめた。


「……どうして外にいたんだ」

「それは、色々、ありまして……」


 蒼葉はレイが花瓶を割ったこと。それを蒼葉のせいにされ、レイの嘘を信じたお義母様に追い出されたことを話した。


「私のやったことではないんですけど、謝ってもう少しここに置かせてもらえるよう頼みたいんです。旦那様が門の中に入れたということにしてもらえませんか?」


 返事がない。厚かましい申し出だっただろうか。けれど、お義母様たちを説得するなら行雲に協力してもらうのが一番良い。


「ひっつき虫がついている」


 口を開いたと思ったら行雲はそう言って、蒼葉の髪に手を伸ばした。


「あ……本当ですね。山――じゃない、林でひっつけちゃったみたいです」


 行雲は髪からとったひっつき虫をしばらく指先でいじり、再び蒼葉を見つめる。

 変化に失敗したかと思って慌てて頭と尻を確認するが、そんなことはないようだ。


「やってもいないことに謝る必要はない」

「でも、お義母様は私の言うことなんて信じてくれませんから」

「丁度朝餉の時間だろう。ついて来い」


 行雲は洋館の玄関から入って和館に抜けると、一番手前の部屋の襖をがらりと開けた。


 そこは蒼葉が初めて来た日に夕食をとった場所で、中にいたお義母様、レイ、出張から戻っていたらしい耕雨の視線が一斉に集まる。


 もしかして、もう一度ご飯を食べられるのですか!? と浮かれた気持ちが一瞬でどこかへ吹き飛んだ。


 これは明らかにそういう状況ではない。


「母さん」

「何だい」

「この子に罪をなすりつけて追い出しただろう」


 行雲は低く冷たい声で言う。

 お義母様は朝食の手を止め蒼葉をじろりと睨んだ後、「花瓶をレイに投げつけたのだから当然の罰だ」と言ってのけた。


「見た訳ではないんだろ」

「見なくたって分かるさ」


 ぴりついた空気の中、耕雨は困ったように笑い、レイは面白くなさそうな顔で咀嚼している。


 行雲は蒼葉のために怒ってくれているようだった。


(まさか私の言うことを信じてくれるなんて)


 じんわり胸の内が熱くなる。感動していると、行雲は何の脈絡もなく宣言をした。


「俺に結婚を望むのならしよう」


 一同は何事かを目を丸くして行雲を見る。次に出た言葉は、より人々を驚かせるものだった。


「――但し結婚するのは蒼葉とだけだ」

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