俺と幻聴とデリヘル嬢と

Unknown

俺と幻聴とデリヘル嬢と

 夢の中で俺は甲子園のヒーローだったが、夢から覚めると酒の空き缶に囲まれたクズだった。


 今日は2023年4月8日。俺は26年も生きた。


 満開の桜もいつか枯れるだろう。

 俺はアパートで1人暮らししている。なす術もなく途方に暮れている。これ以上、何をしたらいいのかわからない。定職についたらいい? 定職についたとしても俺は死にたいだけだろう。

 もう何の努力もしたくねえ。伊達に6年も引きこもってねえ。

 仮に頑張って就職したところで前のように死にたくなるだけなんだ。人と関わる才能すらないんだから安楽死導入してくれ。頼む。

 俺は前の職場の便所で手首を切りまくってた。

 頑張れない。失敗体験があまりに多すぎて。実際俺は精神障害者として手帳と年金をもらってる。もう俺は普通に働けないと医者も国も理解している。

 俺は精神障害を免罪符にしている。言い訳だろうがもうどうでもいい。俺は頑張れない。こんなんじゃいけない。

 高校の時、クラスに1人は、常に孤立してた奴がいたと思う。それが俺だ。それがそのまま大人になったのが俺だ。生きてるだけで精一杯だ。誰か俺と代わってくれ。苦しい。

 THE NOVEMBERSの「こわれる」という曲を今、爆音で聴いている。歌詞が今の俺にぴったり合う。もしよかったら聴いてみて下さい。とてもかっこいい歌だ。歌詞を書いたら著作権違反になるから書かないが、今の俺の気持ちを代弁してくれてるような感覚がする。「こわれる」の歌詞を見てもらえれば、それが今の俺の心境。

 さっき部屋で「こわれる」を熱唱した。アパートの隣人に聞こえたかもしれない。まあ壁が割と厚いから平気だろう。

 もう俺は何も感じなくなった。ちんこも立たない。心も立たない。何も立たない。俺は役に立たない。

 さっき何の意味もなく、眉毛を全て剃った。俺は眉毛がない。俺はローマ帝国の配下で眉毛を全て失いました。

 俺の周囲には気付けば誰もいなかった。当たり前だろう。こんなクズ、見放されて当然だ……。


「俺がいるぜ!」

「ワシもいるぞ!」

「僕もいるよ!」

「朕もいます!」

「拙者もいるぞ!」

「ワイもいるンゴ!」


 俺は驚いた。いきなり耳元で声が聞こえてきたからだ。声は聞こえるが、姿は見えない。


「だ、誰だお前ら……?」


 夕方の薄暗い部屋の中で俺が静かに訊ねると、彼らの中の一人が代表してこう言った。


「ワイらはイッチのストレスが生み出した単なる幻聴や。ワイらは、あんたニキに喝を入れに来たやで!」

「……そうか。お前らは幻聴なのか」

「せや。よろしくやで、イッチ」

「ところでそのゴミみたいなエセ関西弁は何なんだ? ふざけてんのか?」

「これはネットスラングや。一種の方言みたいなもんや。猛虎弁って言うんやで」

「普通に喋れよ」

「普通に生きられないアル中のチンカスに言われたくないンゴねえ」

「くそ……」

「それはそうと、そろそろ普通に就職したらどうなんや? お前さんもう26歳やろ?」

「……働くのが怖いんだ」

「お前、働いたことはあるんか?」

「20歳までは正社員で働いてた。1年3ヶ月くらい、電気系の工場で」

「ほーん、偉いやん」

「え?」

「1年3ヶ月も正社員で働いたことあるなんて普通に偉いで。ワイは大学中退30歳で職歴なし実家ニートやし」

「お前ニートだったのか……。ニートに説教される筋合いはねえな」

「お前だってニートやん。ワイとお前の違いは職歴の有無と、実家暮らしか1人暮らしかの違いだけや」

「まぁいいや。お前らもうどっか行け。耳障りだ」

「ほな、どっか行くで。パチンコ打った後キャバクラでも行ってくるわ。みんな、行こうや!!!!!」


 それ以降、幻聴は全く聞こえなくなった。


 ◆


 ──俺は数年前から、幻聴を時々聞くことがある。精神科医によれば、ストレスが原因らしい。エビリファイという薬を処方されているが、この薬は様々な病気に応用され、幻聴や妄想にも作用する薬だそうだ。ストレスの他には、酒の離脱症状を起こした時にもよく幻聴が聞こえる。そっちの方がタチが悪い。「死ね死ね死ね」の幻聴はもちろん、近隣住民からの悪口や、戦争の音や、女性の慟哭や、パンクロックの音や、電子音や、うるさくて仕方ない。挙げ句の果てに「部屋に盗聴器がある」だとか「警察やマスコミが来る」だとか本気で俺は信じ込んでしまう。数ヶ月前、それでアパートの2階から飛び降りて自殺しようとし、足を捻挫した。


「はぁ……。俺はこれからどうしよう……」


 俺はメビウスというタバコに火をつけて、吸い始めた。

 頭の中を将来への不安や、孤独や、失望や、希死念慮が埋め尽くす。どうしたらいいんだ。

 将来への不安、就職難、閉塞感、老後、病気、ストレス社会、政治への不信感、国際情勢、戦争、ウラジーミル・プーチン……。


「なんか、悩んでたらムラムラしてきたな。よし、デリヘル嬢をアパートに呼ぼう!」


 ムラムラして一念発起した俺はそれからデリヘルのサイトを開き、スマホ片手にエロい手順を踏んでスマホをタップし、“デリバリーヘルス”を呼んだ。


「デリバリー、よろしくぅ!!!!!」


 ちなみに呼んだのは愛莉ちゃんという23歳の女の子だ。実は愛莉ちゃんをアパートに呼ぶのは初めてではない。これで98回目だ。愛莉ちゃんはめちゃくちゃ優しい上におっぱいが超でかい。人気の子だが、たまたま予約が取れた。


 ◆


 それからしばらく時間が経つと、部屋のインターホンが押されたので、俺はウキウキでコサックダンスしながらドアを開けた。


「はーい」


 そう言って開けたドアの向こうには愛莉ちゃんが立っていた。なんかふわふわした服を着ている。


「愛莉です。久しぶりー! 翔太くん!」

「久しぶり。1ヶ月ぶりかな」

「あはは、またコサックダンスしてるのー?」

「うん。テンション上がると踊っちまうんだ」

「あはは。じゃあ上がるね」

「うん!」


 俺はコサックダンスを中断し、愛莉ちゃんを部屋の中に招いた。


 ◆


 それから色々あって俺と愛莉ちゃんはベッドの上で裸になった。

 愛莉ちゃんのエロすぎる裸体が露わになった。

 その瞬間である。


「エッッッッッッッッッッ」

「ふーん、えっちじゃん……」

「えっちコンロ点火! エチチチチチチチ!」

「朕のちんちんが爆発寸前です。おちんちんエマージャンシー、緊急浮上します!」

「エロすぎて草」

「うひょひょ、えっちだねえ!」


 突然、今までずっと消えていた幻聴たちが現れて、思い思いの感想を述べたのである。


「うるせえな! お前ら出掛けたんじゃなかったのかよ!?」

「えっ? どうしたの?」と戸惑う愛莉ちゃん。

「あっ、ごめん。違うんだ……」

「今日の翔太くん、さっきからちょっと変だよ?」

「愛莉ちゃん。俺、実はたまに幻聴が聞こえることがあるんだ。今、ちょうど幻聴がうるさくて」

「そうだったんだ。ちゃんと病院には行ってるの?」

「うん。精神科の薬はちゃんと飲んでるよ」

「ならよかった。実は私の弟も幻聴が聞こえるの。統合失調症でね。大学生の時に病気になってそのまま引きこもりになって中退しちゃった」

「そうなんだ。大変なんだね、弟さん」

「うん。思考を盗聴されてるとか、街の人が俺を殺そうと計画してるとか言って暴れて、大変だったよ。今は精神科に入院してる。でも、もうすぐ退院できるみたいだよ」

「そっか。ならよかった。俺もアルコール依存症だからさ、たまに離脱症状起こした時にそういう感じになるよ」

「アルコール依存症なの?」

「うん」

「そっか。じゃあ、そこのゴミ袋ってもしかして……」

「そう。全部酒の缶」

「……部屋の感じとか、翔太くんの目の感じとか、色々見て思ったんだけど、もしかして翔太くんってメンヘラ?」

「うん」

「そっか。よく見れば、部屋の中に薬とか沢山あるもんね」

「メンヘラでニートだから彼女なんて出来ないや。俺の頭の中で幻聴が騒ぐだけ」

「メンヘラでニートでも、頑張ってそれを治したり社会復帰しようとする姿勢を見せてれば、必ず好きになってくれる女の子はいるよ」

「いるかな? ただでさえ俺ブサイクなのに」

「全然ブサイクじゃないよ」

「ほんと? 建前じゃない?」

「建前じゃない。ほんとに全然ブサイクじゃない。出会いがあればすぐ彼女できるよ」

「よかった。めっちゃ嬉しい!」

「実は私もメンヘラなんだ。精神科に通ってる。まぁ、風俗で働くくらいだしね」

「あんまり聞かない方がいいと思って今まで聞かなかったんだけど、なんで愛莉ちゃんはデリヘルで働いてるの?」

「……翔太くんになら言ってもいいかな。実は私の家、母子家庭で。お母さんが今病気で入院してるの。そのためにお金がいる。それと、病気で引きこもってる弟のためにもお金がいる。妹もいるんだけど、妹はまだ小さくてお金がいる。私が風俗で働いてるのは、それが理由だよ」

「そうだったんだ。ありがとう、教えてくれて。俺にできることがあったら何でもやるよ」

「あんまりこういうこと言っちゃいけないかもしれないけど、翔太くんは私のこといっぱい指名してくれるし、しかも優しいから、めっちゃ感謝してるんだよ。これからもいっぱい指名してほしいな」

「俺なんかでよかったら、これからもいっぱい指名する。俺、愛莉ちゃんの力になりたいんだ」

「うん。ありがとう。でも無理のない範囲でね。あんまりお金ないでしょ?」

「あ、うん。全然ない。でも愛莉ちゃんに会いたいから……」

「いつか就職できたらいいね」

「うん」

「ねえ翔太くんの誕生日っていつ?」

「9月だよ」


 ──と、その瞬間のことであった。


 俺と愛莉ちゃんのスマホが、けたたましい警報音を発したのである。

 俺は冷静に呟いた。


「──Jアラートか。また北朝鮮がミサイルぶっ放しやがった。あのクソデブはミサイルを撃つことしか能がねぇな」


 すると、愛莉ちゃんは自分のスマホを見ながら言った。


「ねぇ翔太くん、ミサイルの対象地域が栃木県と群馬県と茨城県って出てるよ。大丈夫かな? 群馬」

「平気だよ。どうせいつもみたいに海に落ちるよ」


 そのあと、愛莉ちゃんがベッドから移動し、俺の部屋のテレビをつけた。

 すると、男性アナウンサーが必死の形相でこう言っていた。


『ミサイルは群馬県高崎市●●町に向かって落下しています! 今すぐ建物の中に避難してください!!!』


 俺は愛莉ちゃんとは顔を見合わせた。

 俺たちがいるのは高崎市の●●町だ……。


「翔太くん、どうしよう!!!!!」

「落ち着いて愛莉ちゃん。ミサイルは俺が絶対に何とかするよ」

「何とかするって、そんなの無理に決まってる!」

「やってみなきゃ無理かどうか分かんねえだろ! 何もせず死ぬくらいだったら、俺は最後まで必死に足掻いてやる!」


 そう言って、俺は部屋の隅に転がっている金属バットを手に持った。俺は元野球部で、今は友達と草野球チームに入っているから、バットを所有している。


「愛莉ちゃん、もしこのアパートに北朝鮮のミサイルが降ってきたら、俺は命を賭けて、このバットでミサイルを撃ち返す。俺がどうなったっていい。世界がどうなったっていい。でも愛莉ちゃんだけは俺が死んでも守る!!!!」

「死んじゃやだ!!!!!」

「俺は、愛莉ちゃんに生きていてほしいんだ。愛莉ちゃんは苦しんでる。だからいつか幸せになってほしいんだ。その為だったら、俺は自分の命を失っても構わない!」


 俺はそう言って、カーテンを開けて、掃き出し窓を開けて、金属バット片手にベランダに出た。

 すると、超巨大な飛翔体が光と炎を発しながら、ものすごい勢いでこっちに向かってきていた。

 気がつくと、愛莉ちゃんも俺の隣に来ていた。


「クソ、本当にこの町に飛んできやがったか」

「翔太くん、早く逃げないと!」

「今から逃げたって爆風に巻き込まれて死ぬだけだ。助かるには、あのミサイルをバットで打ち返すしかないんだ!」

「そんなの無理だよ! 翔太くんも私も、ここで死ぬんだよ!」

「安心しろ。絶対に大丈夫。俺には愛莉ちゃんの愛のパワーがある。あんなミサイルには負けないよ」

「で、でも!」

「──最期に、これだけは言わせてくれ。愛莉ちゃんのこと、愛してる」


 俺はそう呟いて、金属バットを持って、2階のベランダの欄干から勢いよく飛び降りた。


「翔太くん!!!」


 俺はそのまま地面に落下したが、痛がる素振りを全く見せずに、ミサイルの落下する方角に向かって全力で駆け抜けた。


「うおおおおおおおおおお!!!!!」


 体が痛むことも気にせず、俺は全裸でミサイルの落下地点へと向かう。


 ◆


「待って! 翔太くん!」

「!?」


 俺は走りながら咄嗟に後ろを振り向く。すると、愛莉ちゃんは裸のまま走ってきていた。ベランダから飛び降りたのか、体は傷だらけだった。

 俺は思わずその場に立ち止まる。


「愛莉ちゃん!」

「翔太くん!」

「なんで俺なんかを追いかけてきたんだ! 愛莉ちゃんまで死ぬ必要ないだろ!」

「だ、だって私、翔太くんのことが好きだから!」

「えっ?」

「あ、見て翔太くん。ミサイルがこっちに飛んできてるよ!」

「よし、愛莉ちゃんは後ろに下がってろ。あんなミサイル、俺の魂のフルスイングで北朝鮮に送り返してやる!」

「翔太くん、頑張って!!!!」

「おう、任せろ!!!!」


 やがて、ミサイルは俺たちのすぐそばに降ってきた。


「これが、愛のパワーだ! うおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 俺は生涯最強の出力でバットをフルスイングした。


 ──カキーン!!!!!!!!!


 超高速で落下してきたミサイルは、俺の魂のフルスイングにより、空の彼方へと飛んでいって、やがて見えなくなった。

 まさに“奇跡”だった。


 ◆


「翔太くん!」


 やがて、傷だらけの愛莉ちゃんが、俺を強く抱きしめてくれた。俺も抱きしめ返す。


「よかった。愛莉ちゃんを守れて、本当によかった……」


 俺は気がつくと泣いていた。声が震えている。本当はとても怖かったのだ。


「私のこと、死ぬ気で守ってくれてありがとう。大好きだよ」


 愛莉ちゃんは体を震わせながら、泣いてそう言った。その直後キスされた。

 すると、俺の幻聴たちも祝福してくれた。


「よかったンゴねえ……」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 俺は「ありがとう」と言って頬を緩めた。






 〜完〜






【あとがき】

 現実世界では誰からも愛されないので、せめて小説の中では誰かに愛される人間で居させてくれ。

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