プロローグ 歌舞伎町の沖田くん5

「うん、大まかには合ってるな。その通りだ、売春だから」


「そんな」


「本当だから仕方ない。言いづらかったろ、ごめんな。さ、行こう」


そう促されて、私は沖田くんの後をついて、駅へ向かう。


訊きたいことがいくつもあった。


でも口に出せない。


私が沖田くんに言っていない、いや、決して言えないことがあるのに、彼のことを一方的に聞き出すというのは気が引ける。


「しかし、知り合いに現場を見られたのは初めてだ。もう少し注意しないといけないな」


「私、本当に誰にも言わないから」


「分かったよ。もう信じてる。衿ノ宮って、いいやつなんだな」


いいやつ。


そんなことはない。


沖田くん。


私は、沖田くんが、寂しそうな顔で、同年代の男子と裸になって抱き合うところを、毎日想像しているよ。


沖田くんが出したこともない声を出して、見せたこともない表情になって、のけぞってすすり泣いているところを、すました顔で頭の中に大展開させてるよ。


私はそういう趣味の持ち主です。


そして、さらに、それだけでもないのでした。どの面下げて、とは自分でも思います。


でも、私は、沖田くんのことが――


罪悪感と緊張感で、過呼吸になりそうだった。


きっと顔は真っ赤に上気している。


消え入りそうに恥ずかしくて、どうか前を歩く沖田くんが振り向きませんようにと祈った。


ビルの波がふっと途切れて、新宿駅東口が覗く。


その手前にある赤信号が、ずっと変わらなければいいのに、と思った。


衿ノ宮燈えりのみやあかり、十七歳。高校二年。


沖田世那せなくん、同じく十七歳。三ヶ月前からの、私の同級生。


私たちがまともに会話した、これが初めての日だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る