第107話 魔の誕生日③

「ただいまー。あれ、バジェットはお出かけ中?」


 帰宅し、ぐったりとソファーに倒れこむ。

 初の社交場は気を使いまくった。作り笑顔をずっとしていたせいか、頬が筋肉痛になっている。


(しんどい)


 簡易人物鑑定4回。人物解析5回。精神操作3回。怨念4回。呪い1回。

 今回エーナの誕生会中にそれぞれレジストした回数だ。

 これが貴族たちの本当の挨拶の形なのかもしれない。


 魔力は使用すると発光するものが多いので魔法は使わず、魔道具を何処かに仕込ませて発動させていたのだろう。


 貴族たちが貴重なアイテムを持つ理由はここにあるかもしれない。

 相手の情報を盗み出したり、相手自体を手駒にしようとしたりすることが日常茶飯事であれば、それらに対抗すべくレアやエピックの防御・耐性系のアイテムを持つことは当たり前になる。貴族達の情報戦だ。


「私相手によくやるなー。ハクレイちょっと来て」


「はい、なんでしょう」


 万能薬と同等の状態異常回復魔法のキュアルをかけてあげる。


「ありがとうございます。これは何でしょうか?」


「念のため。今日のあの場所には人の皮をかぶったいやらしい魔人が多かったから。ハクレイが洗脳されやしないか私は心配だったよ」


「そう、でしたか?」


 ハクレイには何も無かったみたいでホッとする。

 

「お茶でも飲みますか?」


「よろしくー」


 貴族の社交の場を体験して、思っていた以上に物騒で、私がいかに警戒されているのかがよく分かった。次期魔王という肩書のせいなのはいわずもがなのだが。

 今後は狙われていることを前提に行動しないと隙を突かれてしまうかもしれない。



「はいレモンティーです」


「ありがとー」


 ハクレイは特訓期間中、鍛えていたのは体だけじゃ無かった。

 コピーから料理全般を仕込まれたそうだ。

 お茶の淹れ方も満足に出来なかったあの頃とは既におさらばしている。


「おいし―」


「ありがとうございます」


「ゼンちゃんとの特訓って何してるの?」


「そうですね、最初は師匠を殴ることからでした」


「え、殴るの?」


「はい、師匠にはダメージが入らないのでハクレイの拳が痛くなってしまい大変でした」


「殴るだけでレベル上がるの?」


「師匠が言うにはレベル差が開きすぎて殴るだけでも十分な戦闘経験を得られてるそうです」


 まさかゼンちゃんがそんな事を知っていたなんて、勇者のレベル上げの時も同じようなことをしていたのかもしれない。


「剣や弓も同様に師匠に向けて攻撃をしてました。それである程度扱えるようになったら、模擬戦闘を繰り返す感じです」


 レベル上げと武器の扱いの成長を最高効率で行っていたのだろう。


「ハクレイは何の武器が得意になったの?」


「今使えるのは剣、弓、槍ぐらいです」


「十分すごいよ。私なんて扱える武器ないもん」


「その分素晴らしい魔法をお持ちではないですか」


「じゃあさちょっと私に剣を見せてよ」


「今ですか?」


「ダメ?」


「構いません、少々お待ちください」


 ゼンちゃんとのレベル差でもレベル上げが出来るなら、私とならどうなるのか試さずにはいられなかった。


「お待たせしました」


「庭に行こうか」


 外はもう暗くなっていたが剣を振るぐらいなら問題ない。


「じゃ、私を切るつもりで思い切って振り下ろしてみて」


「わかりました。正面、上から斬り込みます。ちゃんと避けてくださいね」


 様になっている剣士の構え、そこから振り下ろされる剣の軌道は私の正中線を捉えている。

 

 まだ目で普通に追えるスピード。一歩だけ引いて剣を髪の毛一本分で避ける。


「すごいね」


「ケーナ、ちゃんと避けてください!! 当たってしまうかと思いました!」


「見えてるから大丈夫だよ。何か剣のスキルは取得した?」


「まだ完全ではありませんが高速剣の真似ごとならできます」


「それ見たい」


「わかりました」


 と剣を片手だけに持ち構える。


「いきます」


 の掛け声で剣が消えたように見える。

 真似ごとなんて謙遜していたけどスキルとして発動していてもおかしくない剣技の速さだった。


 しかし、ハクレイの攻撃を危険な攻撃と判断したのか、アブソーブが自動発動してしまい剣が止まってしまう。

 

「あ、ごめん私のスキルが邪魔しちゃったみたい」

 

「あれを止めるスキルがあるのですか……」


「自動で発動しちゃうんだよね。止めることもできるんだけど忘れてた」


「剣が届かなくスキルですか? 聞いたことはありませんが……」


「まぁそんな所、もし当たってたらどれくらいレベル上がるのかみてみたかったんだよね」


「避けないつもりだったんですか?」


「うんまぁ、そうなるかなぁ」


「ケーナ! 私はケーナを斬りつけたくありません」


「大丈夫、私強いから」


「そんなこと言わないでください。ハクレイは大切な人を傷つけてまでレベル上げたくありません」


「傷つかないよ」


「そういう問題ではありません!! 気持ちの問題です!」


 一段と大きくなる声に圧倒されそうになる。


 それだけ大切に想ってくれることなだろう。

 このハクレイの気持ちは貰っておく。


「ごめん、ごめんね、ハクレイ」


「……わかってくれるならいいですよ」


「大きい声上げて何をしてるのですか?」


 ちょうどそこへバジェットが帰ってきた。


「ちょっと特訓の成果を見てたんだよ」


「ハクレイ、ケーナに一撃でも当てましたか?」


「いいえ、剣を止められてしました。といいますか、当てたいとは思っていません」


「それならトンファーの方がかすりそうになるまで近づけたと考えると、僕の方が上になるのでしょうか」


「バジェット、あなたには遠慮なく剣を抜くことができそうです」


「ちょっと不毛な争いはしないで皆でお茶でもしましょうよ」


 ほっといたら本当に始まりそうだったので間に入って止めるしかなかった。


「グラフはどこかに出かけていたの?」


「はい、ちょっと恋人のところへ」


「へ?」


「恋人の所に行ってパーティーメンバーの事とか拠点の事とか話してきました」


「あ、そーなんだ……」


 恋人なんていたことない私にとっては少々立ち入りづらい話でもある。


「言っちゃまずかったですか?」


「全然、そんなことないよ。どんな人なのかなーって」


「年上で」


(年上は包容力があっていいかも)


「優しくて」


(思いやる気持ちって大切だし)


「ヒゲが濃くて、筋肉もとてもすごい人です」


(あれ?)


「それってもしかして男?」


「当たり前じゃないですか、髭の濃い女性なんて滅多にいないですよ。僕の素敵な彼氏、今度紹介しますね」


「う、うん!」


 私はこの話にこれ以上踏み込む勇気が出なかった。

 あのテッテが性別については寛容だったので慣れていたつもりだったが、私はまだまだ未熟だったようだ。

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