第9話 エーナに一番近づいた者
朝の陽ざしが瞼を包むと、さすがにウトウトしていたグランジも異変に気づく。辺りが静か過ぎるのだ。見渡しても誰もいない。
「まさか、逃げられた……のか? くそっ、俺としたことが……」
ターゲットを誰かに横取りされた可能性もある。早く状況を把握しなければと、急いで火の始末をしてギルドに帰る準備をする。相変わらず近くにモンスターの気配もなく、帰る際もモンスターに遭遇することはなかった。
昼頃にギルドに到着。入口付近で昨日賭けの話をしてきたガルムに声をかけられる。
「おう、ペーパーの兄ちゃん」
「なんだ、俺はい急いでるんだ」
「その様子じゃ、まだ見つかってないみたいだな。安心しなギルドもお手上げ状態だ」
「見つかっていない? それは本当なのか?」
「ああ、朝からギルマスがバタバタしてるみてーだし、騒ぐ奴もいない。見つかるまでは賭けれるからよ。このまま迷宮入りでもしてくれりゃこっちは大儲けだ。ハッハッ」
プリンと名乗ったあのメイド娘をエーナ嬢だと確信を持っていただけに、何らかの手段で横取りをされたか、自力で家に帰ったのかと思っていたが、まだ見つかっていないとなるとまだナタの森にいる可能性はある。それか直接家に戻り、使者がギルドに報告に来るのに手間取っているかもしれない。
どちらにせよ今日1日様子を見るしかない。
夜になると酒場で情報収集という名の盗み聞き。
自分だけが知っていると思い込んでいる事を惜しげもなく披露してくれるので中にはめぼしい情報がある場合もある。
しかし今回のエーナ嬢に関してだけはこれといって出てこない。双子の姉と似て美女に育つだとか、瀕死から奇跡の復活をとげたことがあるとか、捜索に有力な情報はここでは無理そうだった。
「行くしかないか……」
金が無いので、水しか注文せず座っているのも限界が来たので店を出ることにした。
向かう先は情報屋。あまり期待はしていないのだがここよりはマシかもしれない。
細い入り組んだ路地。人が滅多に入らない、そんな所に情報屋はある。古びたドアを開け、きしむ階段を降りると年老いた大男が1人椅子に座ってスキルを使い情報収集中だった。
「おい、爺さん」
「おおお、フォードじゃないか、なんじゃまた誰か殺すのか?」
「やめてくれ。今の俺はグランジ、冒険者だ」
「そうか、そうか、辞めたのか。それがええ、暗殺なんぞお前には向いとらんかった。じゃぁ、後で転職祝いでもするかのぉ」
「よしてくれ、それよりエーナ嬢の情報はないか?」
「お前さんも、エーナ嬢絡みか。今日だけで5人目だ。エーナはモテモテでええなぁー。なんてな、ガハハハ」
「で! 何か情報は?」
「せっかちじゃのぉ。そんなんじゃエーナ嬢にも振り向いてもらえんぞぉ」
「そんな事はどうでもいい。今金が無いんだ。こちらのエーナ嬢についての情報を金代わりにしたい。それに見合う情報が欲しい」
「ええじゃろ、今エーナ嬢の情報はどんな事でも売れるからのぉ」
「ナタの森にモンスターがいないことは知っているな?」
「ああ知っとるよ。ギルドの秘密は大体把握しとる」
「そこにエーナ嬢がいることは?」
「それは可能性があるってだけだろうに」
「いや、いたんだ。俺は実際に会っている」
「なんじゃー、もう見つけたのか。はー仕事が速いのぉ。ならどうしてここに」
「逃げられた……」
「ほぁーお前さんから逃げれる奴がおるのかぁ。大したもんだエーナ嬢は。少女の色気にでもやられおったか」
「馬鹿を言うな、警戒はしていたさ。隠密強化のローブ、魔力感知用のイヤリング、追跡のアイテム、どれもエピック級の逸品だ。それらをもってしても逃げられた」
「エーナ嬢は本当にただの貴族令嬢なのかのぉ?」
「分からない。ギルドが情報を隠してる可能性がある。俺が知ってる限りだと魔法操作に関して言えばエーナ嬢に匹敵する魔法使いは黒銀に匹敵すると言ってもいい」
「なぜそう言い切れるんじゃ」
「生活魔法、しかも水属性魔法でホーンラビットを討伐をしたと言っていた。そして調理まで魔法でほとんどこなしていたんだ。どこで学んだらそこまで自在に操る事が出来るのか知りたいぐらいだ」
「それほどか。他にはまだあるかの?」
「料理が上手い。野営で酒場の料理並みのものを作る。あれはもう一度食べたいぐらいだ」
「なんじゃなんじゃ随分仲良くなっていたみたいじゃないか」
「違う、ただ、腹が減ってどうしても、な」
「他にはあるかの」
「そんな、とこかな」
「どうやって逃げられたかを言わないあたり、飯食って、腹いっぱいになって、寝てたじゃろ?」
「……。」
「図星か! はぁー詰めが甘いのぉ。激甘じゃのぉ。まぁよいわ、良い情報じゃ。嘘は無いようじゃし、価値が十分ある。わしの持っとる情報を話そうかの」
情報屋の持つ情報は大きく2つ。近辺の町も含め、未だ町には一度も入っていない事。そしてもう1つは
「大楯のロットを知っとるか? 現役時代はギルマスと双璧をなす実力者だった奴じゃ」
「話には聞いたことがある、ベヒーモスの突進を1人で止めたとか、レッドドラゴンのブレスに耐えたとか、無茶苦茶な武勇伝は聞いたことがある」
「無茶苦茶かぁ、それ全部本当じゃ。それぐらいの猛者じゃ。英雄と呼ばれても誰も文句は言わんかったろ。ただなぁ覇炎龍の討伐メンバーに選抜され、その時両足に大怪我をしての、それを機に現役を退いたんじゃ」
「あの討伐不可能とも言われたモンスターを倒したメンバーだったのか。だったらなぜ、そのことが公にされていないんだ。怪我をしたとはいえ英雄になっていてもおかしくない事だぞ」
「手柄は全部勇者様にあるんじゃよ。特別な事情というやつかの」
「勇者はどこにでも出しゃばってくるんだな、だから嫌いなんだ」
「まぁ、民衆には耳障りの良い話が好まれるから仕方ないのぉ。それでじゃ、そのロットなんじゃが、今はカスケード家の庭師をしているそうな」
「庭師?真の英雄が庭師とは……」
「そこにも何か事情がありそうだがな。で、ロットはな、エーナ嬢の力を認めているそうじゃ」
「やはり魔法の才を見抜いていたのか」
「いや、魔法じゃのーて、怪力じゃ」
「怪力?」
「純粋な力よ。それにお前さんの話を合わせると相当器用な魔力操作をするんじゃろ、精神力や賢さも相当高いのだろうて。そうなると、元々水系魔法に特化したカスケード家のことじゃ、単純に魔力も高いと見てまず間違なさそうじゃの」
「猛者が認める力と、生まれ持った魔法の才。それでいてまだ12歳。本当の力が知れれば国も軍もギルドも黙っちゃいないだろうに」
「そんな者が家出をしたんじゃ、知っているものは血眼で探すじゃろうて。あー大変だ大変だ」
「普通の御令嬢じゃないってことはよくわかった。だが、爺さんでも場所についての目ぼしい情報は無いんだな」
「そー言わんでくれい、町の外のことは管轄外なんじゃよ」
「さっきのお返しだよ」
「ガハハハ」
居場所を決定づけるような情報は無かったが、エーナ嬢の力を知れただけでも良しとするとして今後の捜索計画を練ることにした。
しかし、どんなに手を尽くしても手がかりすら掴めずに3日目に突入していた。
とりあえず捜索前にギルドに立ち寄り何か新しい情報は無いか確認していると、カスケード家の家紋を付けた使者が飛び込み受付嬢に迫る。
「急ぎ、ギルドマスターと主人にお伝えください!お戻りになりましたと」
「は、はいいい!」
圧に押されるように、奥に駆け込む受付嬢。その後すぐにギルマスとカスケード家の主人が出てくる。察するにエーナ嬢が見つかったのだろう。
ギルドに居合わせた冒険者達は喜ぶもの、落胆するもの、賭けの結果を気にするものなどそれぞれいたが、グランジもこれで報酬も、賭けも貰えないことが決まり完全に無一文になる。
緊急依頼が解除されたら無理してでも報酬の高い依頼をこなさなければと考えるグランジであった。
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