第8話 静かな森の焚火の傍から男と少女の声がする②

 ハッタリ。

 でも効果は十分あったよう。近く木の影が揺らめいたと同時に男が出てくる。


「こんなに早くバレるとは……凄いな。どうやって見抜いた?」


「勘ってやつね」


「はははっ! 参った。俺の負けだ」


 冗談を真に受けている感じではない、警戒して降参したような感じだ。


「で、あなたは誰?どうしてここに?」


「あぁ、俺はグランジ。冒険者だ。エーナ嬢を探している、そしてそれは君のことなんじゃないかと思っている。小さなメイド服のお嬢さん」


「仮に私がエーナ嬢だとしてどうする気なの?」


「できる事ならギルドまでエスコートさせてくれるとありがたい」


「冒険者がどんなエスコートをしてくれるのか興味があるけど、残念ながら人違いよ。私は……プ、プリン・キャラメル。見た目通りただのメイドなの」


 とっさに出た偽名が適当過ぎて思わず恥ずかしくなったが我慢。


 それぐらい適当にあしらえば何とかなるかとも思っていたが引き返す様子もなく、先程作った天然のオーブンからでる香ばしい匂いに目が離せない様子。


「まだ、何か用があるの?」


「実は俺、今日何も食べてないんだ……」


「はぁ、仕方ないね、炊事はメイドの領分だと思うしあなたの分も用意しましょう」


「ありがてぇ」


 強引に連れて行こうものなら逃げるつもりだったけど、一緒に食事らぐらいな問題ないかなと思い分ける事にした。少しでもメイドらしく振る舞えば諦めてくれるかもしれない。


「まだできあがりまで、まだ時間がかかるのでもう少しだけお話します?」


「いいぜ、プリンにまだ聞きたいことがあるんだ」


「そうですか。それならお先にどうぞ」


「……ここら辺一帯のモンスターがどこにいったか知らないか?」


 探りを入れるような言い回し、でもさらりと流していかないと感づかれると面倒だ。

 まったく勘の良い冒険者は嫌いだよ。


「モンスター達? 捕まえて今蒸し焼きにしてるホーンラビット以外見てませんわね。何かお目当てのモンスターでもいらしたのですか?」


「お目当てはエーナ嬢なんだがね。ついでに何か狩れば素材にして換金したかったが、なーんにもいやしない。ここは俺の知ってるナタの森じゃないみたいだ」


「あら、それは残念ですね」


「ちなみに、その蒸し焼き中のホーンラビットはどうやって捕まえたんだ?」


 むむむ、武器がないことに気付いていたのか、言い訳しずらい所を突いてくる。


 鑑定によればホーンラビットは警戒心が高く、スピードも速いので本来ならメイド程度が狩れるモンスターではない。

 トラップを仕掛けたと言い訳をすれば、詳しく訊かれどこかでボロが出るだろうし、モンスターを狩れる程の魔法を使えるメイドはいないだろうな……。

 

 いや待てよ。


「魔法を使ったの」


「ホーンラビットを狩るほどの魔法が使えると?まるで貴族のような魔力を持ってるみたいだな」


「冒険者でも知らないことがあるのですね。私が使う生活魔法でもホーンラビット程度なら十分狩ることができるの」


「まさかな……本当なら、試しに見せてくれないか?」


 生活魔法でも殺傷能力を高める方法はある。ガイドブックの豆知識様々だ。

 ウォータージェット真似事なら水魔法だけでもなんとかなる。

 少量の水球に魔力で圧力をかけ、糸が通るぐらいの孔から射出するイメージで放てばいい。


「よく見ててくださいね」


 近くの木の幹目掛け放つ。マッハ3のけたたましい音に驚くグランツ。


「凄い音だな。だけど木は倒れもせず、濡れただけ。ただこの音だとホーンラビットは逃げてしまうぞ」


「近づいて良く見て」


 そう言われてようやく気づいたのか、木の幹を貫通する小さな孔に驚愕する。


「確かにこれなら、それにあのスピード、不意をつかれたら避けられない。それにホーンラビットだけじゃない。外皮が硬いモンスターにも……。この魔法どこで!?」


「この魔法は生活魔法しか使えない私でも、護身用にと旦那様が教えてくれた魔法なの。旦那様の許可が必要ですね」


「そ、そうだな」


「弱い私でもホーンラビットは狩れる証明になったようでなにより」


 腑に落ちないグランジだが、これを見て納得しないわけにはいかない。


「そろそろいい感じに焼きあがったみたい。お皿がないので葉っぱで代用しますね」


「構わないさ」


 こんがりと焼けたホーンラビットは、ジューシーで味付けもまぁまぁいける。キノコには醤油が有れば最高だけど、贅沢はいえない。

 よほどお腹が減っていたのだろうか、グランジは無言で頬張りあっという間に平らげた。


「いやー美味かった。店で出される料理に引けを取らないぐらい美味かった。酒が欲しくなるぜ」


「酒は森で取れないので我慢してください」


 未だ食べ終わらないこちらをじっと見ている。


「物欲しそうにしても、差し上げません」


「いや、そうじゃない。随分器用に食べるなと感心していたんだ。生活魔法とは便利なんだなと」


 フォークもナイフもない。魔法で切り分け、魔法で口に運ぶ。手が汚れないのが利点だ。


「魔法も使い方次第です。あなたの持つナイフと一緒ですよ」


「そうか、覚えてみたいが、俺には魔力が生まれつきないんでな」


「そう、……でしたのね」


 魔法にやや疎い感じなのはこのせいなのか。

 魔力がないことが嘘ではないとするなら。ここまで私に近づいたのは高スキルレベル持ちか上位のアイテム持ちか。どちらにしろ油断ならない。鑑定したいが、弾かれると相手にこちらの強さがバレる可能性がある。下手に動かず、やり過ごすしかないのか。


「プリンはこの後どうするんだ?」


「もう今日はここで寝るつもりです」


「帰らないのか、危ないぞ。見張りは?」


「い、いませんけど」


「見張りもなしで野宿か、肝が座ってるのか、抜けているのか……。飯代の代わりだ、見張ってやるよ。と言っても今のナタの森は不気味なぐらい静かだけどな」


「随分、優しいのですね」


 完全に見張りのこと考えてなかった。怪しまれてたらバレてたかもしれない。近くにはモンスターいないって分かってるから見張りなんて要らないと思ってたけど、普通はそうじゃない。


「では、お言葉に甘えてお願いしますね。あ、一応言っておきますが寝込み襲ってもいい事は1つもありませんからね」


「お子様にはきょーみねーよ。いいから寝ろ」


 あくまで監視対象なのだろう。

 寝袋セットは持ってきてるので、早めに休むことにした。


(さて、どうしようか……)


 見張り兼監視が近くにいると、動こうにも動けない。

 グランジの能力が未知数なのも不安要素だ。

 なるべく穏便に済む方法はないかと考えているうちに疲労が溜まっていたのだろうか、うとうとしてしまった。




 日が出る前の冷え込みに頬を撫でられ、ハッと目覚めると、消えそうな焚火の前でグランジがうな垂れている。眠くなるぐらい暇な見張りだったのかもしれない。

 

 私はゆらめく炎を見つめながらガイドブックの内容を思い出していた。


 監視の目を盗んで脱出する方法など載っていなかったのだが、何かヒントはないのかと。


(そう言えば、やたら空間収納スキルを推してたような。たぶん一番使い勝手のいいスキルなのかも)


 空間収納の応用こそが序盤を乗り越えるカギのように書いてあったなと思い出した。

 空間収納はスキルレベルで使い勝手が大きく変わるスキルなので今取得しているSL.Aは驚異的な能力なのは間違いない。


(確か、モンスターなどの生物を入れるのもSL.Aからだったよな。ならグランジも入るか)


 グランジを空間収納の中に入れてしまおうとも思ったが、レジストされる危険性もある今は無理だ。


(!……自分が入ればいいのか)


 逆転の発想。自ら空間収納内に入るとは簡単な事なのに思いつかなかったのが不思議なぐらいだ。

 とりあえずは隠れることができる。この場をやり過ごすには手っ取り早かった。

 発動と同時に寝袋ごと収納する。魔法などと違い、音もなく消えるのでグランジは気づきもしないだろう。

 

 朝日が彼を起こすまで静かに寝てもらうことにする。

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