異世界への使者episode4 太陽様のお宝

@wakumo

異世界への使者episode4 太陽様のお宝

 ずーっとずーっと一本道を歩いていくと、なんだかだんだん太陽が近くなってくる気がした。

「今日はやけに暑い。まだ夏には早すぎるに」

 そんな事を思って手ぬぐいで汗をふきながら立ち止まりはしたものの、やっぱり先を急ぐのでまたトットと歩き始めた。

 しばらく行くとうねる道の先に一本松が見えてきて、そのすぐそばには一軒家がぽつんと建っていた。さみしそうに建ってはいたがポカポカと暖かそうな家だった。

「ごめんなさい。誰ぞおいでか?旅の者だす、休ませてくだされ」

 そう叫んだ旅人は、魔よけ彫り師のサーシャンだった。サーシャンは、長患いのおとうの病気が重くなった知らせを聞いて、山を三つ越えたふるさとの村まで駆けつける途中だった。

 いくら呼んでも返事がない。サーシャンはほんの少し休ませてもらおうと、上がり端に腰掛けた。外から見たのとは違って、中に入るとたいそう天井の高い丈夫そうな造りの家だった。おや、この家はなんと暖かい。

「主の留守の家ならば長居もできまい」

と、独り言をききながら立ち上がろうとした時。奥のほうからなにやら唸り声が聞こえてきた。それはそれは、つらそうな女の声だった。

「はて、人がいるようだ」

 サーシャンは身を小さくしながら奥へと進んでみた。ところがこの家、不思議な家で、入口で見たところでは、ごめんくだされといえば裏口が見えても良さそうなほど小さな家と思われたのに、奥に入るにつれてだんだん家は立派になり、それはそれは広広とした屋敷であった。三つ目のタタキに入ったとき、その左の大きな座敷の真中に先ほどの声の女が横たわっていた。

「旅のお方でございますか?」

 周りを囲む、中でも一番美しい着物を着た女がサーシャンに声をかけた。

「へ、へえ~隣の山を一つ越えたツップの村から来ましたんで」

「それでこれからどちらまで?」

「へえ、もう一つ半山を超えて、おとうの村まで行きますんで」

「まあ、それではまだ先の長いこと、ゆっくりと上がってお休みなされ」

「はあ、そんでも先を急ぎますんで…」

「今からここを出たのでは向こうの山を越えるまでに夜になってしまいましょう。どうか一晩のお泊まりを。いいえ、主が帰るまでわらじをぬいでいってくださいな」

 そうまで言われてサーシャンは、ついに断りきれず、手ぬぐいをあごからはずして腰掛けた。

 苦しそうなうなり声。慌しいざわめきの中にどれくらいいただろう。やがて、外は暗くなり、主らしき男の気配を戸口で感じた。

 その物々しさ。サーシャンはさすがに恐怖を感じて小刻みに震えだした。もしかしておらはこのまま帰してもらえんと、この大きなお屋敷に取り込まれておとうの村に行けんのではないかと…

 主が二つ目のタタキに入ったらしい。サーシャンは慌しくわらじを履こうとした。居ても立ってもいられなかった。

「まてい!」

 とうとう、主がサーシャンを見つけてこう言った。サーシャンがびくびくしながら見上げると、なんとその男は六尺ほどある大男で頭は天井まで届いていた。腕や足の筋肉も人並みではない。うっかり逃げ出そうものならば、その握りこぶしでサーシャンなどあっという間につぶされてしまいそうだった。サーシャンは腰をぬかし、道をあけてくれたって逃げ出せる元気もなかった。

「お、おらは旅のもんでございます。いそいで行かなならんところがあります。どうぞこのまま行かせてくださいませ」

 サーシャンは震えるのをふんごたえて大男にたのみこんだ。だが、この家の主はじっとサーシャンを見下ている。そして、以外にもやさしい声でサーシャンにこう言った。

「じつは、わしにも一つだけ断られては困るたのみがある。聞いてはくれぬか。どうか、あいつの病を治してはくれ」

 と指差したのは、あの女のことだった。サーシャンは困ってしまった。荷物の中は彫り物の道具のほかはなにも入ってはいない。それに、いままでなにひとつ病気をしたことのないサーシャンは薬草を飲んだこともない。一体全体このおれが人様の病気を治すなんてどうすればいいんだ。サーシャンはしばらく考えた。考えたところで良い案が浮かぶはずもない。

「やっぱり、おらにはできん。薬草だってわからんし今まで病人を触ったこともない。あんなに苦しそうにしている奥さんにしてやれることがない」

「薬草など役にたたん。わしの知らない薬草はこの世にあろうはずもない。だが、どれを飲ませてもいっこうに病気はよくならん」

 大男は声も大きく、サーシャンは縮こまって床にひれ伏した。

「はて、あんたは医者様か?その体格で…医者にはほど遠いとみたが…」

 サーシャンは男のやさしい声をきいて少しは安心してそう言った。

「薬草で治らん病気などいよいよおらには治せん。医者じゃないんだし、おらはその辺のただの彫り物師じゃ」

 いろいろ話しているうちにすっかり震えは止まっていた。

「そうだ、あいつのからだには魔物が取り付いているにちがいない」

 主の声にサーシャンは思わずそうだと手を打った。それならおれにも治すことができるかもしれない。

 サーシャンには魔よけ彫り師という天から授かった仕事がある。荷物をあけると彫りの道具を取り出した。それから、サーシャンは井戸水で身を清め、わき目も振らず彫って彫って彫りぬいた。サーシャンの心を込めた魔よけの面は、これまでのどの面よりも恐ろしく、魔物退散の願いが顔の皺一筋にまで込められていた。これならどんな魔物もたちまち遠くの山の果まで逃げていってしまうだろう。

「よし!できた。これを戸口にかけるとしよう」

 サーシャンは一目散に飛び出した。表の扉に面を掛けると手を合わせ、願をかけて一心に祈った。

 夜明けが近づくにつれて女の体からは、だんだん熱気が逃げ出し、土のように色を失くした顔からもゆがみが遠のき、ほんのり赤みをおびてきた。心を込めて彫った魔よけとはいえ、はたして効果があるだろうか。サーシャンは気がきでなく、ずっと横に座ったまま、汗をかいてただただ、神に手を合わせるほかなかった。

「どうやら、峠はこえたようだ。もうもう大丈夫。お前のおかげで助かった」

 主はうれしくて、半べそかきながらサーシャンに礼をいった。

 サーシャンはホッと息をつき、やがて自分のおとうのことを思い出した。

「それでは、おいらはいそぐんで」

「まて、このままおまえを返すわけにはいかない。わしは人と交わってはならん者なのだ。この秘密をどうやって守ってもらおうか…」

 と後ろは小声で呟いた。

「どんな秘密です。わしにはなにも見当がつかない」

 サーシャンがそう言うと、

「そうか、お前は正直者と見た。此処が何処か知る由もなし、他言は無用などと言ったところで何の話だと…お前の話などこの世の人が簡単に信じるはずがない。このまま放しても不都合は無かろう」

「有り難い。困った時はお互い様。役に立ててほんに良かった」

「そうだな。そう思うことにしよう。ほんとうにすまなんだ。足止めしたお詫びに何かしたいのだが望みはあるだろうか」

 大男は気を取り直してそう言った。

 サーシャンはなにも欲しいものはなかったが、そういえばと考えて、

「ああ、主様なんでもといってもらえるのなら薬草を分けてもらえんか。おとうが重い病なんだ」

 それを聞いた主は、そんなことはお易い御用となんどもなんども礼を言って、たいていの病気は治る妙薬を二粒くれた。キラキラと金色に光る美しい薬。そして、自分は急ぐ用があるからとサーシャンの送りをそばの女にたくして、あわてて飛び出していった。

 夜が明けた。サーシャンをのせた馬車は山一つ半の道のりをあっという間に飛び越えて、おとうの村までやってきた。馬車から降りて振り向くと、すでに馬車ははるかかなたを駆け抜けて、白い砂煙しかサーシャンには見えなかった。

 おとうは弱ってはいたがうす目をあけて、サーシャンの帰りを喜んだ。サーシャンが昨夜のことをおとうに話し、ふところから薬をとりだすと、おとうは目を丸くして、

「これは内緒の話じゃ。誰にも言うなよ」

「こ、これは…まるで太陽様の欠片のようじゃ」

 と言った。サーシャンはそれから、たくさんの魔よけを彫って村のものたちに喜ばれた。おとうもすっかり元気になってむかしどおり動けるようになった。

 サーシャンは自分の村に帰りたいと思ったが、村の人もおとうも毎日ひきとめたので、とうとう帰れなくなってしまった。

 サーシャンは残った一粒の薬の玉を、神棚に上げて毎朝、毎晩それを拝んだ。そして、あの晩のことを思い出しては、

「ああ、あの主様はきっとわしらを守る太陽様にちがいない。そしておらがもらったこの薬は、太陽様のお宝じゃ」

 と思ってありがたく暮らした。

 魔除けのお面は方々から注文が殺到してサーシャンはその後静かに暮らせるくらいの裕福な者になった。お面は暗がりで見るとそれはそれは恐ろしい魔王のようじゃと恐れられた。

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