第二章・第十話 作戦会議
夢を語る人間は、輝いている。
逆に、荒唐無稽な大言壮語をわめく輩は、冷笑される。
――私は、周囲に吹聴こそしなかっただけで、明らかに後者だった。
思索の日々は、まだ始まったばかりだ。
専用のノートを作って、思いつくままを書いて、できる限り筋道立てを試みた。
今のところ、暫定的な目標としては「独裁者として成功する」こと。
それはいいとして、「じゃあどうする?」というのが抜けている。
例えば明日から、自分の周りに対して「私に従え」と言ったところで、寝言扱いされるのがオチだ。それぐらいは考えるまでもない。
遊びじゃないんだ。「本気」なんだ。
「現実的」に考えてみると、政治の世界に足を踏み入れなければならないのは、自明の理だ。
じゃあ、大学を出たら、政治家を目指すべきだろうか? なぜだか、そのイメージがまるで湧かない。
それに、よしんば政治の道へ進めたにせよ、権力を掌握するのには、途方もない努力と歳月がかかる。
加えて言えば、日本史の教科書レベルでも分かる。日本の憲政史上、女性の政治家が総理大臣になった例はない。登り詰めてせいぜい、普通の大臣か、都道府県の知事までだ。
ならば、その「史上初の女性総理」になればいいだけという話でもあるのだけれども、どう足掻いても男社会、さらには脈々と世襲政治が続いているこの日本では、なまなかな事ではない。
そこで、ハタと我に返った。
何をばかげたことを考えているのだろうか。
前例も慣習も、歴史も何もかも、囚われること自体がナンセンスだ。
全てを、いったん壊してしまえばいい。そう。廃屋を重機で取り壊し、跡を更地にするように。
でも、その「壊す」手段が思いつかなかった。
真っ先に浮かんだのは「要人の暗殺」とか「無差別テロ」といった言葉だったけれども、繰り返すように、無意味に人を殺したいわけではない。
でも、もはやこれはチンピラの因縁レベルだと分かってはいても、日々様々なメディアで目にする、無能そのもののくせに偉ぶって、なおかつ、揃いも揃って往生際の悪い内閣の閣僚達ぐらいは、一掃できれば面白いかも知れない。
「要人の暗殺」
その一行を、「考え得る手段の一つ」として、ノートに書いた。
ただし、簡単には実行できないことぐらい、誰でも分かる。
あくまで「できるなら」という、「インポッシブル」に限りなく近い「イフ」レベルの案だった。
「無血革命」
もう一つ、浮かんだ言葉を書き留める。これが、個人的にはもっとも理想的に思えた。手段が定まっていないことはさておき。
……そして気が付けば、一週間が経っていた。六月も中旬だった。
ちょうど、藤堂との話し合いの日だった。奴のマンションへ向かった。
「正攻法なんだね。ずいぶんと優しい話もあったもんだ」
二度目の藤堂の部屋。前回と同じ位置関係になってから、ここ数日で考えたことを話すと、どこかと言うより、はっきりと小馬鹿にした調子で言った。いきなり腹が立つ。
ただし、少し腹が立ったぐらいで話し合いを放棄してしまっては、進むものも進まない。奴からもらった無糖の紅茶を一口含み、ガマンした。奴は相変わらずアールグレイティーを飲んでいる。
テーブルの上には、お茶請けにポテトチップスが出されていたのだけれど、奇妙なことに、藤堂はそれを割り箸でつまんで食べていた。「どうしてそんなことを?」と聞いたら、こう返された。
「油の着いた手でパソコンを触ったら、キーボードが汚れるだろう? 毎日使う物だからね」
パソコンが趣味らしいのは割と容易に雰囲気と結びつくけれど、やはり(過度とさえ思えるまでの)几帳面さだった。ただ、これについても悪い印象は持たなかった。
とにかく、奴が続ける。
「いいかい、木戸さん。君の考えていることは、あまりに遠回りで、何の意味もないよ。まるで、空腹でたまらない、今すぐ食事がしたい。コンビニでおにぎりを買えばいいのに『じゃあ今から田植えをしようか』って言ってるようなもんだ」
「……ずいぶんとバカにするのね、人が懸命に考えたのに」
「そうだよ、バカにしてるんだよ。なぜなら、話にならないからね。特に『無血革命』なんて、寝言もいいところだ」
「……ッ……」
正直、何様のつもりだ、と思った。几帳面さには共感できても、やはり、この性根の悪さとは相容れない。
「要人の暗殺、って案だけは、少しだけ評価してもいいとは思うけど、やっぱり現実的ではないね。その先を考えたことはあるかい?」
「その先?」
「少し前に、A元総理がN市で街頭演説中に銃撃されて死んだ事件は覚えてるかな?」
「ええ、それは」
「あの事件が起きて、政治に空白が生じたかい? あるいは、殺害した犯人を総理に据えよう、という動きがあったかな?」
「……言われてみれば、なかったわね」
「政治家の後釜なんか、いくらでもいるんだよ。ま、世の中の『政治家』という肩書きを持つ人間、ついでに跡継ぎになりそうな連中もまとめて、一人残さず殺せば別だけど」
なんだか「いつかやってみたい」とも取れる口ぶりだった。
しかし、この藤堂という男は、見てくれとはまったく不釣り合いなほどに、冷静な頭脳を持っているようだ。
ただし、せっかく人が考えた案に、容赦なくダメ出しされて、いい気分のしようはずがない。
「その指摘は理解出来るけれど、人の意見を否定するからには、代案はあるんでしょうね?」
どうせ似たり寄ったりレベルの事しか考えてないだろうと思って、いびるつもりで聞いてみると、奴はあの、「ニチャア」っとした笑みで言った。
「僕が、お手本を見せてあげるよ」
「お手本?」
どういう意味か分からずに、おうむ返しに聞いた。けれども……
「ククク……はは、ははは……あーはっはっはっはっはっは!!」
何がおかしいというのだろう。頭のネジが外れたかのように、藤堂は一人で笑い転げ始めた。
ぞくり。ふと、背筋が寒くなった。たまらなく、嫌な予感がした。その一方で、この男が言う「お手本」というのがいったいどういうことなのか、好奇心もあった。
勝手に涙が出るまで笑い転げていた藤堂が、また「ニチャア」と笑いながら言った。
「はっはっは、そうだなあ、二週間ほど準備期間をくれるかな? まさか僕も、魔法使いじゃないからさ?」
「え、ええ……」
いやに楽しそうに言う藤堂。その異様に澄んだ目が、すうっと細まる。そして、念を押すようにじっと見て付け加えた。
「木戸さん、僕は君に協力するから、親切心でお手本を見せるんだよ? 君は世界を征服したいんだろう? 言わば、発端は木戸さん、君なんだよ。そこは分かるね?」
「え、ええ。それは……」
気付けばよかった。この言葉の意味を。
……そして、納得しなければよかった。全ては、後の祭りだったのだけれど。
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