第一章・第三話 募る、苛立ち
――粉雪には風情がある。けれど、降り積もっていけば、やがて家をも押しつぶす。
まさしく、私の心の中には、静かに粉雪が降り積もり始めていた。
一人になったからと言って、まさかそれで世界は終わらない。日常も、衝撃的なほどには変わらない。
けれども、かなり短気になってしまっていた。
例えば、キャンパス内でイチャイチャしている他のカップルを見たりすると、どうしても機嫌が悪くなった。
ただし、先に言った通り、酒には強くない。だから、酩酊に逃げ道を求めることがないのは、今この時に限っては幸運だった。
逃げることはしないにせよ、私の目には、今や全てが「くだらないもの」に見えていた。
一瞬は、新しい恋を探そうか? と思った。
しかしそれは、ピッチャーがボールを投げる前にバッターが打席でフルスイングをして、ストライクのカウントを取られるぐらいに無意味なことだった。
男達は、誰もが軽薄で、何らの信念も持っていないようだった。
分かりやすく言えば「人として一本の筋が通っていない」としか見えなかった。
その手のタイプが、一番嫌いだ。そして周囲は、そんな男ばかりだった。
大学進学前が中学も高校も共学校だったにも関わらず、特定の交際相手がいなかったのは、その理由によるところが大きい。
常に、苛立ちを感じていた。平たく言えば、「いつも虫の居所が悪い女」になっていた。
それでも、物好きな男もいる……と言うか、身体の関係しか見えていないような、オツムが足りていない奴に、キャンパス内、あるいは(何らの役にも立たなかったけれど)気分転換にぶらついた繁華街でナンパされることもあった。
「うるさい、黙れ。味噌汁で顔洗って出直してらっしゃい」
そんな風に返すと、決まってナンパ男共は逆上した。
「調子こいてんじゃねーぞ、このクソアマァ!」
弱い犬ほど良く吠える。くだらない。まったくもってくだらなかった。
人がこんな風に苛立っているときに限って、大変細かい「嫌なこと」というのが起こる。
最近は、春の盛りでも暑い。汗を掻く事も多い。そうすれば、喉が渇くのは当り前だろう。そのあたりの自動販売機で、飲み物を買うことぐらい、ごくありふれた光景だ。
ただし。機械であるにも関わらず、人間様に歯向かうこともある。
スポーツドリンクを買おうと、自販機に硬貨を入れた。
商品を選ぶボタンが点灯しなかった。返却レバーをいくらひねっても、無反応だ。
いわゆる「飲み込まれた」状態。運が悪い人間は、こういうことにも遭遇する。頭では分かっていても、いざ自分がその当事者になると、受け入れるのは難しかった。自販機を蹴り飛ばしたかったけど、そんな品のない事はできない。そういう性格だからだ。
……解消しようのない、苛立ちの日々だけが過ぎていった。
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