Case6 鼠谷 銀子 40歳♀【回答1】
今回の顧客は、
そう言えば、美根夫人の家もこの辺りだったことを思い出す。
しかし、ヨメタニ・ギンコの漢字が『鼠谷銀子』だとは思ってもみなかった。
世の中珍名さんが多いなと思いながら、わたし自身、氏名を漢字で書くと、これ、ほんとに本名ですか、とか聞かれるので、人のことは言えないだろう。
そんなことを考えながら駅に着くと、何だか現実を突きつけられた気分になる。
もう田中係長はいない。正真正銘の独り立ちだ。
相手は、口八丁な40歳の主婦。感覚と勢いでぐいぐい相手を口車に乗せてしまう様は、理詰めで論破する学者や評論家よりも、手強いかもしれない。
と言いながら、わたしも20年後そうなるのかなと思うと、思わず苦笑いしてしまう。
「『スピリッツ・エージェンシー』の恋塚と申します」
『どーぞどーぞ、お入りになって!』
社名と私の名前を名乗っただけで、用件を伝える前に入れてくれた。
まずは第一関門突破であるが、思えば、明神朱雀さんの回収のときも、すんなり家に入れてもたえたことが、
入ると、決して広くはないが、一軒家としては立派な玄関が現れた。
そして、出てきたのは、1人の婦人。
40歳相応の目元の小皺やほうれい線はあるものの、全体として顔や服装の整容は非常に保たれている女性だ。若い頃はさぞかし美しかったことだろう。
そう言えば、年齢こそ違えど、熟年の美しさは、美根夫人にも通じるところがあると思った。
「あら、若くて可愛らしいお嬢さん! 20代? それとももっと下? それじゃ大学生になっちゃうわねぇ。でも、何か私まで若返るみたいで嬉しいわぁ」
「失礼ですが、
「そーよ。ようこそいらっしゃいましたぁ」
取り立てに来たのにこの有様。この婦人は今日来た目的を分かっているのだろうか。それとも分かった上で舐められているのだろうか。
「えっと、今日来たのは、お貸ししている魂の返却手続きと、延滞料金の納付についてお願いに来ました」
「あらまぁ、もうそんな時期だった? 嫌だわぁ。私ったら、初老で忘れっぽくなったかしらね。ごめんなさいねぇ、こんなか弱いお嬢さんに、ご足労をかけちゃって」
わたしは、別段か弱いつもりはないが、一見
なお、今回の憑依者は死者だ。それが誰かは、債務者の希望で秘匿されている。被憑依者は鼠谷さん本人らしい。
「さっそく、手続きについて説明させていただきますけど……」
わたしは一通りの手続きについて説明した。これに関しては、だいぶスムーズに説明できるようになったと思う。
「へぇ~、何だか、結構面倒くさいのねぇ」
「大丈夫です。申し上げたようにやっていただければ」
「そう言われてもねぇ、私、こーゆーのあんまりついていけないタイプだし。そーだ! 私がレンタルしてるの、死人だし、ここだけの話、私だけ借りっぱなしにしてよ。お金は自動的に引き落としにしてさぁ?」
「いや、そーゆーわけには」
「そーしたら、おたくの会社にもお金は入ってくるわけだし、あなただってわざわざここまで取り立てに来なくたってよくなるでしょ。お互いウィンウィン! 決まり! そーしましょ!」
確かに死者を憑依させているわけだから、借りっぱなしで誰かに直接迷惑がかかるわけじゃない。一見もっともらしく聞こえる。
でも、そうなっていないのは、当該死者の尊厳を侵すような悪用を考えたりする者がいるからだ。
「ダメです。死者の方でもちゃんと、返すことが決まりです」
「決まりってのは、私あんま好きじゃないんだよね」
何か平行線を辿るような気がして、気が思いやられる。しかし、ただでさえ人を減らされた管理課。1件の回収に2往復以上かけられるほどの余裕はないだろう。
何とか1回で決着をつけなければ。
そのときだった。携帯電話がブンブンと振動する。こんな時に誰だろうと思ったら、ディスプレイには田中係長の名前が表示されている。
わたしのことを心配してくれたのだろうか。少し嬉しくなるが、今は回収の真っ最中。正直、それにかまけてばかりはいられない。
鼠谷さんに、すみませんと一言断って、通話に切り替える。
「はい、恋塚です」
『忙しいとこ悪い。今いいか?』
それだけで、この電話が今必要とされる用件だということを暗に伝えている。
しかも、会社の電話番号ではなくて、私用の携帯からかけてきているあたり、何か良からぬことがあったのだろうか。
『管理課長に聞いたけど、今、鼠谷さんという客のところに行ってるよな?』
「はい。今ちょうど来てるところです」
『そっか……』
何か考えごとをしているような、そして電話越しながら歯噛みしているような様子も窺えた。
「それがどうかしましたか?」
『もし可能なら、一旦そこを離れてでもいいから、債務者から離れた場所で話を聞いて欲しい』
「え?」どういうことか。さっぱり田中係長の意図が分からないが、真剣さは大いに伝わってくる。
『鼠谷銀子って人だけど、ものすごい犯罪者かもしれんのだ……!』
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